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収集場に着くと、並べて置かれる大きなゴミ箱の一つの蓋を開ける。 中には、パンパンに詰まったゴミ袋たち。アカリはよいしょ、と勢いよくゴミ袋を持ち上げると、押しこんで入れる。溢れかける他のゴミ袋をとっさに支えれば、少しの隙間に無理やり入れ、急いで蓋を閉める。 そういえば、ヒロが追いかけてくるって言っていたけれど、ここで待っていたらいいのかな。 収集場のすぐ近くにある手洗い場で両手を流すと、来た道を見てみる。人気のない、薄暗い廊下。ポケットからハンカチを取り出し、丁寧に拭っていく。空を見上げてみれば、視界いっぱいに敷き詰められた灰色の雲は、今にもぽつりぽつりと雨粒を落としそうだ。 「うわ、あいつ」 「ああ、あれが噂の……」 どこからか不穏な声が聞こえてくる。 漠然とした言葉だが、その声には嫌悪が含まれている。じろじろとアカリの全身を舐めるように見る不躾な目。アカリはとっさに目線を下げるも、反射的に声のした方を向いてしまった。視線の先には、ジャージ姿の男子が二人。 「ああいうの、どんな気持ちで着てんだろうな」 「変態なんだろ」 「うわ、きもちわるっ」 つづけて聞こえてくる侮辱の言葉たちに、ぎゅっと手の内にあるハンカチを握りしめる。フリルのついた淡いピンク。母が色違いで買ってくれたものだ。 こんなこと、小さい頃から散々言われてきた。気持ち悪い、変態なんて聞き慣れた。それ以上に酷い言葉だって、たくさん投げられてきた。自分で選んでしていることだ。だとしても、やっぱり傷つくものは傷つく。 こんなとき、ちゃんと反論できたらいいのに。 自分はしたくてしているのだ。気持ち悪いなんて言わないでほしい。そう反論しようと何度も頭の中でシュミレーションするも、いざとなるといつも、ただ黙って耐え忍ぶことしかできない。 視界がどんどんと歪んでいく。アカリは言えぬ言葉を詰めこむようにハンカチを握った。 「おい、お前ら!」 遠くから聞こえてくる声。ぱっと顔を上げれば、ヒロが怒った顔をしてこちらに駆けてくる。 ヒロが誰かを怒るなんて珍しい。前に見たのは、いつだっただろうか。どこか他人事のように思いつつ、さっきまで悪口を言っていた男子の方を見れば、はるか離れたところに小さくなっていく背中をある。 「ごめん、遅れた」 へにゃ、と眉尻を下げ、申し訳なさそうに理由をつづける。なんでも担任の先生に呼び止められてしまったと。話すにつれて小さくなる声に伴い、いつもの優しいヒロの顔に戻っていく。 アカリは覗きこんで安心すると、ヒロが持つ自分の鞄を持とうと手を伸ばした。今日は課題のせいで資料集も持って帰らないといけないから重いはずだ。けれど、その手はすぐに避けられ、代わりにぽんっと頭に手を置かれる。 「大丈夫か?」 問いかける声色は、ボクにだけ向けられる甘い砂糖のような色。 「ヒロが来てくれたから大丈夫になった」 ヒロがそうか、と笑う。頭を撫でる優しい手に、アカリは口元を緩ませていく。もう、ハンカチを握りしめなくとも、まっすぐ前を向いて立っていられる。 すると、ぽつりと頬に一粒落ちてきた。 「雨、降ってきたな」 雨粒の落ちた頬を、ヒロの親指が拭う。アカリは雨の存在を確かめようと左から右へ景色を眺めてみれば、駐車場のコンクリートが雨粒の大きさに合わせて色を濃くさせ始めるのが見える。 「走って帰るか」 自分とは違う、大きくて厚みのある手が差し伸べられる。その手のひらにそっと自分の手を置いてみれば、ふわりと守るように包まれる。触れる肌から伝わる熱に、思わずアカリは顔を伏せた。 手を引かれるまま足を動かす。雨粒は学校から離れていくにつれて、どんどんと強くなっていき、二人を濡らしていく。ヒロはもっと速く走れるはずなのに、アカリに合わせて速度を落としてくれている。 本当は、鞄の中に折り畳み傘が入っている。でも、傘があると知ったら、ヒロはこの手を離してしまうのではないか。それは嫌だ。そんなワガママに、ボクは胸の内に秘めると雨の中を黙って走っていく。
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