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カチカチ、時計の針が止めどなく動く。たまに遠くにある線路で電車が走り去り、下の階からは潜められながらも楽しそうな笑い声が聞こえてくる。 アカリはゆっくりと瞼を開けると、真上に広がる天井を眺めた。 眠れない―― アカリは布団の中で身体を転がしつつ、辺りを見渡す。白やピンクに溢れた自分の部屋とは違う、青でまとめられたヒロの部屋。隣に並べて敷かれた布団の上に眠るヒロは、すっかり夢の世界にいるようだ。 アカリは、小さく上下するヒロの胸を見つつ身体を丸める。曲げた足の間に腕を通し、両足を抱え。そうすると、自分がすごく小さな存在になっていく気がした。名の知らぬ恐怖。それに襲われ、とっさに目を閉じると膝に顔を埋める。 怖くなったとき、いつも母は落ち着いて呼吸をさせる。吸って吐いて、吸って吐いて。わざと大きく繰り返すと、アカリは楽しかったことを必死に思い出す。 今日の夜ご飯はハンバーグだった。初めて自分でお肉をこね、丸を作るのは難しかったけれど美味しかった。その後は、ヒロと一緒に玄関までお父さんを出迎えに行った。走っていくと、ヒロのお父さんは笑顔で抱っこしてくれる。母よりもずっと高くて少し怖かったけれど、それ以上に面白かった。 ヒロとお母さんとお風呂に入った。お風呂は苦手だが、ヒロの家はおもちゃが多くてずっと遊んでいられた。お風呂から上がると、お姉さんが髪を乾かしてくれた。パジャマを可愛い、と褒めてもらえて嬉しかった。 ヒロと二人、お父さんの膝に乗ってテレビを見た。そうすると、いきなりお父さんにお腹を擽られ、ヒロと擽り返して、笑ってばかりいた。そのとき、お母さんに内緒でお父さんが枝豆をくれた。 いつもより忙しなく、にぎやかな時間だった。 ヒロも、ヒロの家族も大好きだ。一緒にいるだけで笑顔になって、みんな優しくて、胸の辺りがポカポカと温かくなっていく。できることなら、ずっと一緒にいたいな。そう、願うのだけれど……。 お母さんに、会いたい―― 脳裏に母の笑顔が浮かぶ。母は明日、迎えに来ると言っていた。その言葉を覚えているのに、どうしてだか母が父と同じように遠くに行ってしまうような気がして。そう考えるだけで、どんどんと涙が零れ落ちていく。 ツーと肌を伝い、パジャマを濡らしていく。アカリは足の間から腕を抜くと、袖で涙を拭った。止まれ、止まれ、と何度も自分に言い聞かせ。なのに、自分の目は瞬きをするたびに涙が出てくる。 早く、お母さん来て。アカリは願うように布団を抱きしめる。すると、 「どうした?」 ヒロの声が聞こえてきた。アカリは力いっぱい涙を拭って顔を上げる。そうすると、眠たげな顔をしたヒロが布団から抜け出し、アカリのそばに座っていた。 アカリも布団から抜け出し、ヒロと向かい合って座る。真正面からヒロの顔を見つめていると、胸の中にある寂しさが膨れ上がり、それに押し出されるようにまた、ぽろぽろと涙が零れていく。 「おかあさんに、あいたいの」 涙とともに本音が出てくる。言葉にするともっと寂しさが増していき、アカリは身体を震わせながら泣きつづける。二人しかいない静かな部屋、アカリの泣き声が大きく響いた。 アカリは止めるのを諦め、泣きつづける。袖はすっかり涙で冷たくなってしまった。まだ濡れていない場所を探しながら涙を拭えば、いきなり正面からぎゅっと抱きしめられる。 「おれがまもってやる!」 さっきまで寝ていたからなのか、いつもより温かな身体がアカリを包む。 そして、耳元で放たれた力強い言葉。それはどんな言葉よりもずっと輝いて聞こえた。アカリは縋るように抱きつくと、ヒロの肩に顔を埋める。同じシャンプーの香りを感じれば、自分を支配していた寂しさが薄れていくのがわかる。 「こうしたら、さみしくない?」 アカリはこくりと頷く。ヒロの身体をぎゅっと抱きしめると、いつの間にか涙が止まっていた。 「ずっと、おれがいっしょにいるからな」 やくそくだからな、と刻むように何度も言われる。アカリはヒロの言葉、というだけで、どんなことでも叶うものだと信じられた。アカリは何度も頷き、ヒロに応える。 そうしていると、不思議と欠伸が出てきた。頭がこくりこくりと前後に揺れ、重い瞼が勝手に閉じては開いてを繰り返す。自分を支えるようにヒロを抱きしめ直せば、ヒロが顔を覗き見てくる。 「いっしょにねような」 ヒロが優しく問いかけるように言う。 アカリはふんわりとした意識の中で頷くと、導かれるままにアカリが寝ていた布団にヒロと入る。そのとき離れるとまた寂しくなってしまいそうで、アカリは一生懸命抱きついた。すると、ヒロはそれに応えるようにぽんぽん、と背中を叩く。 「おやすみ、アカリ」 囁かれるその言葉に、アカリもおやすみ、と胸の内で呟いた。
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