1.雨の中、願いを抱く〈中学生〉

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1.雨の中、願いを抱く〈中学生〉

今にも、雨が降りそうだ。 アカリは、教室の窓の向こうに広がる街を眺める。いつも果てしなくつづいている空は今、重そうな灰色の雲で覆われている。それも隙間なく敷き詰められているものだから、太陽の光は照らすことを拒まれ、街全体が薄暗くなっている。 朝、登校前に見た天気予報では、深夜から早朝にかけて雨が降るだろうと言っていた。でも、それは少し早くなったみたいだ。アカリは湿気でうねる毛先を摘まむと、今にも雨粒を溢しそうな雲を見つめる。 「アカリ、どうかした?」 肩をぽんっと叩かれる。それに振り返れば、学級委員のヒナちゃんが立っていた。アカリは彼女の笑みにくるりと身体ごと向き合うと、箒を持ち直す。 「あ、いや、なんか雨が降りそうだなって思って」 「ああ、確かに」 そう呟くと、ヒナちゃんの瞳が窓の外を向く。アカリは手櫛で前髪を整えると、彼女の横顔をそっと盗み見てみる。そうすれば、すぐに彼女の瞳にアカリが映された。 「傘は持ってきた?」 「うん、一応」 「マジか。私、忘れてきちゃったよ」 ははっ、と声を上げて笑う。アカリもつられて薄く笑みを浮かべれば、後ろからヒナちゃんを呼ぶ声が聞こえてきた。彼女はそれに、はーいと返事する。 「まあ、ちゃちゃっとやって、早く帰っちゃおう」 笑顔で、明るくそう言い放つ。 アカリはその言葉に頷くと、ヒナちゃんは呼ばれた方へと歩いていった。その途中、教室の隅でサボっている男子に注意する。小さくも頼もしい背中に、アカリは密かに憧れの念を強くさせると箒で掃き始めた。 教室掃除の担当が、今日からアカリの入っている班になった。 アカリのクラスは名簿番号順に五、六人で括られて班がつくられている。アカリのいる班は運よく一年生でも同じクラスだった子や、ヒナちゃんのように明るい子ばかりで、すぐに仲良くなることができた。 この班では、掃除以外にも話し合いとかクラスのあらゆることを一緒にやる。ヒロとは一年生で同じクラスだったが、今年は違うクラスになってしまったから、この班の人たちと仲良くなれて本当によかったと思う。 そう思いながら箒を掃くと、ゴミを一つにまとめる。他の子がちりとりでゴミを取ってくれている間に、端に避けていた机と椅子を元に戻していく。 最後の机を整えると、ゴミ箱の前でみんなが集まっていた。アカリも呼ばれ、その輪の中へ。すると、輪の真ん中にはパンパンに膨れ、縛られたゴミ袋。どうやら、あとはこのゴミ袋を校舎の隅にある収集場に持っていくだけのようだ。 「あっ、ボク行くよ」 アカリはとっさに挙手する。アカリは帰宅部で、このあとは帰るだけ。でも、みんなは部活があり、ここで急いでいないアカリが行くのが妥当だと考えた。 「ほんとっ! じゃあ、頼んだ」 ありがとう、と言うみんなに応えながら、ゴミ袋を持ち上げる。無理やり一つに詰めたのか、ずっしりと重い。これは両手で持たないと収集場までいけないかもしれない。 ちらり、自分の席を見る。机の上には、すぐに帰れるようにと準備しておいた鞄が置いてある。あれを持って、収集場に行こうか。そう思ったけれど、あいにく今日は体育服を入れた鞄もあって、全て持つとゴミ袋が持てなくなってしまう。 まあ、面倒だけれど、鞄を置いていくか。 よいしょ、とゴミ袋を持つ手に力を入れて歩き出す。制服につかないようにと腕を伸ばしていると、さっそく腕が痛くなってきた。運動は嫌いだけれど、ヒロに前言われた通り、少しくらい鍛えた方がいいのかもしれない。 毎朝、走っているヒロの姿を思い出しながら扉を開ける。そうすると、廊下の壁にヒロがもたれて立っていた。アカリは驚いて、ヒロに駆け寄る。 「アカリ、終わったか」 微笑むヒロに、アカリは小さく首を傾げる。 今日の昼休みに、ヒロには掃除当番だから先に帰っててと告げた。ヒロとは小学校の頃から、互いに委員会や掃除で遅くなるときには前もって伝えると約束している。ヒロは今日、部活が休みらしい。 「今日、掃除当番って伝えたよね?」 「心配だったから……ダメだったか?」 そう言うと、ヒロは眉を八の字にし、きゅるんと瞳を潤ませる。いつも凛としていた頼もしいのに、ヒロはたまに甘える子犬のような表情をするときがある。 「ううん、ダメじゃないけど……。鞄持てないから、一回教室戻ってこないといけないから遅くなるよ」 「じゃあ、俺がアカリの鞄を持って追いかけるわ」 その言葉に、そんなことしなくてもいいよ、と言いかける。 でも、そのときにはすでにヒロは横を通りすがり、教室の中へと入っていった。目でその背中を追いかけると、止めるのは野暮だと思い留まり、一度は止めた足を再び収集場へ向かうことにした。 階段を下り、靴を変えて外の渡り廊下を進んでいく。収集場は校舎の端だ。中庭を通り、校舎の裏を移ったそのとき。重く湿った風が吹きつけてきた。
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