ワンダフル・ワールド

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 ***  中野第九公園。丘の上にある小さな公園は、まともな遊具もないので非常に寂れた場所にある。ただ、丘の上の高い場所にある上、周囲は空き地が多くて建物も少ないため、思いっきり遊んでも苦情が来ないところということでも知られていた。  日も落ちてきた時間。幸太の誕生日祝いをするため、この日は予め夜のバイトを入れていなかった。  俺はそこに、幸太に引っ張られるような形で連れて来られることになる。懐かしいな、と思った。最近はすっかり、公園で二人でボール遊びをしてやる時間さえ取れなくなってしまっている。  同時に。――幸太が、俺がたくさん歌ってやった“子守唄”の多くを覚えていたことにも驚かされたのだ。幼い頃から、幸太は歌が好きな子供であったのは確かだ。アパートの隣人がうるさくなってから、最近はめっきり家で歌うことができなくなってしまったが(それはバイトが忙しくて、作曲などの活動に時間を割けなくなってしまったのもある)。昔は趣味で作った歌の数々を、幸太の傍で歌って聞かせてやっていたのである。 「……幸太、俺が歌を歌ってたの、覚えてたのか?まだ小さかったのに」  とはいえ、幸太はまだ五歳。歌を歌ってやっていたのは、三歳や四歳までのことである。記憶があやふやになっていてもなんらおかしくないのに、彼が覚えていたというのが意外だった。幸太はえっへん、と得意げに胸を逸らしてみせる。 「うん、こーた、おぼえるのとくい!先生にもほめられた!」 「凄いな。え、俺がなんの曲を歌ってあげてた、とか。そういうこともおぼえてるのか?」 「おぼえてる!ぜんぶじゃないけど……えっとね……。“いきーて、いきーていいのー”っていう曲とかすき!リクエストしてもいい?」 「!」  それは――ずっと昔に、趣味で作った曲だった。当時、大きな災害があって、日本が大混乱に陥っていた時期である。勿論幸太が生まれる前のことではあるが、歌詞が気に入っていたこともあって幸太が産まれたあとにもちょいちょい子守唄として聞かせてやっていたのだ。まあ、子守唄にしては、少しトーンのアップダウンが激しいのだが。  曲名は、『It's a wonderful world』。  俺は持ってきたパソコンを開くと、音楽を流し始める。閑散とした公園の、まだ夜になりきらない時間帯。多少音を流しても文句を言われるということはないだろう。いや、文句を言われても今日だけは許して欲しいと思う。なんせ、たった一人のためだけのコンサートなのだから。  ピアノと、ほんの少しのストリングだけの曲。しかし流し始めると、幸太は目を輝かせてこれ!と喜んでくれた。 「うたって、にーに!こーたのためにうたって!」  封印しようと思っていた。封印しなければいけないと思っていた、音楽。  それでも、それが。一番喜んで欲しい人に届くというのなら。俺はまた歌ってもいいのだろうか。曲を作ってもいいのだろうか。時間もお金もないけれど、それがもっと尊い幸せになるというのなら。
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