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だいたい、と、エレナはロバートの傍に座り込んだ。令嬢にあるまじき行為である。
「わたくしは、そのお金で借金を綺麗にし、由緒あるお家の再興をなさいと申し渡しました。覚えていますね?」
こくこく、顔面蒼白のロバートが頷く。
「それなのに、お金がないとは何事ですか!」
「も、もうしわ……け、ご、ございませ……」
「まったく」
普通逆だよ、と、ロバートは内心突っ込んでいた。
そう。
普通は、脅迫したロバートが優位にたち、強請られた被害者であるエレナが神妙にするはずである。
だが、被害者であるはずのエレナが圧倒的優位である。
「……ロバート、聞いてるの?」
「は、はいっ」
「幼なじみのあなたの家が、世界恐慌の煽りで困窮しているのは知っています」
ロバートの家は、エレナの家と同じく伯爵家だった。
だが、父と祖父が手を出した商売が失敗し、貴族が商売に手を出すからだと笑われ、なにくそと奮起したが状況は悪くなる一方であった。
ついに爵位を売り飛ばすという最終手段に出たものの、それでも借金は増える一方だった。
そうしてロバートの祖父と父は心労がたたって相次いで病死し、莫大な借金が息子のロバートに残された。
「そ、そうなのさ。……だからさ、お金を都合してくれないかなーって思って……ほ、ほら、きみのお父上が……五番街に若い愛人を住まわせてるのを見ちゃったから……」
「そのネタはもう前に使ったでしょう。やり直し」
「え、えっと、えっと……きみのお母上がオペラ観劇中にアルコールに酔って大佐に介抱してもらって、そのまま朝まで……」
「そのネタは間違いだらけよ。アルコールに酔ったのはお母さまではなくてわたくし。介抱してくださったのは大佐の奥方様。その日のうちに帰りました」
ちぇ、と、ロバートは小石を投げる。
「はい、残念。強請り峻り、失敗ね。もっと精進なさい」
エレナはすっと立ち上がり、優雅に日傘を差した。幼馴染の美貌に、ロバートは思わず目を細める。
「なにしてるの。立ちなさい」
「え?」
「貴族が道端に座り込むなんてみっともない。さ、わたくしの買い物に付き合いなさい。そうね、お礼としてお小遣いあげないこともないわ」
「小遣いって……俺は子供かよぉ……」
「まったく。お金がないとは何事ですか」
人々はこの数年後、仰天する。
「エレナ嬢とロバート氏が結婚したんだって」
「ロバート氏?」
「ついには子爵も男爵も全部悪い人にとられて、爵位も財産も何もなしのすってんてんになったところを、エレナ嬢が助けたみたいだよ。物好きな令嬢だねぇ……」
今日もエレナの屋敷では、女主人の
「お金がないとは何事ですか! わたくしが渡したお金はどうしたの?」
と相変わらずな怒声が響いているとかいないとか――。
―了―
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