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「え……」
掌を見つめ、ついで庭師を凝視する。もげた箇所から真っ赤な液体が流れ出し、パキポキと音を立てて庭師の身体に亀裂が入ってゆく。だが、庭師は顔色一つ変えず、アシュルトの方を見ようともせず、リオルを糾弾し続ける。
一歩、後ずさる。血の気が引いてゆく。吐き気を堪え、アシュルトは顔を強張らせた。まるで、……まるで。
よくできた人形みたいじゃないか。
「アシュルト陛下こそ正義の王!万歳!バンザイ!ばん……」
言葉が途切れた瞬間、赤い液体を跳ね飛ばし、庭師の身体が砕け散った。
それが合図だった。
アシュルトたちを取り囲んでいた人間の体がひび割れ、赤い水を噴き上げながら砕けてゆく。侍女の首が飛んだ。兵士の腕が落ちた。大臣の目玉が飛び出した。身体から切り離されたパーツは塵と化して、アシュルトの上に降り注ぐ。
それからしばらくして、真っ赤に染まった薔薇園は、永遠に静かになった。
アシュルトは自分の手を見つめた。赤く汚れて、寒くもないのに震えている。夢と、同じ。
「兄上」
声につられるようにして顔を上げた。
赤い雨はリオルの上にも降りかかっていたが、不思議と彼は美しかった。血をかぶってひっそりと佇む姿は、赤く染めた白薔薇のよう。
リオルは淡く微笑んで、緩く腕を広げた。
「さぁ、兄上。悪い子の僕を殺してください」
頬を染め、夢見るように囁く。赤い瞳がとろりと溶けた。
「僕は悪い子なので、禁忌とされる魔術に手を出し、城の人間全てを人形とすり替えました。ここにいた者はもちろん、父上も母上も、兄上の母君も。みーんな、お人形です。人間より人形の方がずっと綺麗でお利口ですから」
アシュルトは喘ぐように息を吸った。……頭が、馬鹿になったらしい。今ここで何が起きたのか。リオルが何を言っているのか。一つとして理解できない。
ただ、今のリオルが人形王子でないことだけは確かだった。
「でも、兄上はそれをいけないことだと仰いました。悪魔の所業だと、罪を償わなければならない、と。なら、僕は罰を受けなければなりませんね。兄上はいつだって正しいのだから」
さぁ、兄上。
柔らかな微笑を浮かべ、リオルがもう一歩近寄る。
本当に、何を言っているのかわからない。リオルがわからない。自分はいつもの夢でも見ているのだろうか。
アシュルトは震えながら弟を見つめた。そう、弟だ。アシュルトから王冠を奪った弟。けれど、自分だけを慕う可愛い弟。
夢の中で、数えきれないほど殺してきた。もう十分だ。
「私は……お前を、殺さない」
ひび割れ、恐怖の滲んだ醜い声が落ちた。それがアシュルトの精一杯だった。
一つ、二つ、リオルは緩く目をまばたかせ、笑みを消した。軽くうつむく。
「そうですか。あなたはまた、僕を殺さないと言うのですね」
ぬるい風が吹き、ひらりひらりと赤い花弁が舞う。いつかのどこかで見たような光景。
リオルは項垂れたまま、音もなく歩み寄ってくる。
「僕を、守ってくれるのですね」
もう声も出せず、ただ頷く。震えは増すばかりだ。
ふと、アシュルトは左胸に手を当てた。
脈は、なかった。
こんなにも怯え混乱しているのに、鼓動が感じられない。見つけられない。ますます震える手を強く押し当て、必死に脈を探していた時、
「ダメですよ、兄上」
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