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Ⅲ
まずは件の錬金術師について調べる必要がある。
ルーカス・クリューガー。年齢、八十九歳。生涯独身。錬金術師を名乗り、不老不死の研究を続けていた。
この辺の情報は新聞記者と弟子が教えてくれた。
「本当は写真をお見せできればいいのですが、先生はカメラが嫌いで写真が遺っていないのです……。申し訳ありません。えっと、先生のこと、ですよね。先生は錬金術を信じていました。興味本位で弟子入りしたのが申し訳なるくらい真剣で……。本当に不老不死の薬を作ってしまうのではないかとどきどきしながら見守っていたのですが、間に合いませんでした……」
「錬金術なんて時代遅れですよ。ははは。……おっと失礼。まあ、面白じいさんとして注目されていたのは確かですよ。我々だって本当に金を作ったり不老不死の薬を作ったりできたらばっちり取材するつもりでしたからねえ」
ベルが全然メモを取らないので記録は全部私がおこなう。「書けた?」と覗き込んできたので若干の不満を訴えるために額を突いてやった。
「むう! 何すんだよ」
「依頼人さん達のお話ちゃんと聞いてよ。私のメモばっかり見ないでさ」
「聞いてるよ。聞くのは退屈でつまらないけど。僕のことからかう暇あったらちゃんとメモしてよ。読んだ方が分かりやすいもん」
「書いてる書いてる。書いてるから」
三人の依頼人が揃って怪訝そうにベルを見ている。いつものことである。依頼人から「こいつ本当に探偵なのか? ただのクソガキでは? 大丈夫か?」という目を向けられるのは日常茶飯事だ。
ベルはとっても頭がいいのに、話を聞くとかそれを記録するとか、普通のことはあまり得意ではないんだよね。字汚いし家事苦手だし体力ないし。その辺は全部私がやってやるのだ。
役場の職員が手にしていたバインダーを捲った。
「ベルンハルトさんとリーゼロッテさんは、施設出身のみなしごだそうですね」
「む、僕達のこと調べたんですか」
「近所では名の知れた探偵さんのようですが、信頼できる相手なのか気になりましてね」
「職権乱用では?」
「いえ、いえ。ルーカスの遺産の調査が私の今回の仕事です。それに関連することなので仕事の範囲内です」
彼の言う通り、私とベルは施設育ちだ。両親の顔を知らず、物心ついた時には職員と子供達に囲まれていた。私の場合は時々親戚だというおじいさんが訪ねて来てくれていたんだよね。いつもいつも工場に連れて行ってくれて、色々な機械や道具を見られて楽しかった。詳しいことはあまり思い出せないけれど。そんな私に対して、ベルはいつも寂しそうだったな。だから私は彼の友達になったのだ。それからは二人で過ごす毎日が楽しかった。今だってそう。
十五歳で施設を出て、私達はここに事務所を構えた。ベルの頭はとってもいいし、私はおじいさんが教えてくれた「人の役に立つ大切さ」っていうのを実感したかったので、改めて考えるとそれが探偵になった理由なのかもしれない。けれどなんで探偵なんだろ。他にも色々あるだろうに。やっぱり分かんないや。
役場の職員はバインダーを閉じる。
「別に孤児だからって舐めてるわけではないのです。どのような人なのか調べただけなので」
「せ、先生の遺言の謎をどうか解いてください。お願いします」
「面白いもんが見つかるといいんですがねえ?」
三者三様の依頼人達に向かって、ベルは小さな体を目いっぱいふんぞり返らせた。
「お任せ下さい! ふふん!」
午後、私とベルは錬金術師の家を訪れた。
倒れているルーカスを発見して慌てた弟子が警察を呼んだため昨日は大騒ぎになっていたが、外傷もなく穏やかに眠っていたため老衰だということで済まされた。そのため、現在は警察の姿は見当たらない。新聞を見て訪れたと思われる人がちらほらいる程度である。
弟子に借りた合鍵でアパートの部屋に入ると、そこはまさに研究室だった。フラスコやビーカーがひしめき合い、顕微鏡が置かれ、よく分からない装置や書類がごろごろ転がっている。
「うわ、汚いな。資料がとっ散らかってるよ」
「ベルも人のこと言えないでしょ」
さて、何か手掛かりになりそうなものはあるだろうか。
「研究資料はどこだろう」
ベルは部屋を見回すと、「あそこかな」と目星を付けて奥にある棚へ向かって行った。いつも言っている探偵の勘とかいうやつは結構外れる。今回もまた部屋中探すことになるかな、と思っていたら、ベルは棚の中からファイルを取り出して高らかに掲げた。
珍しく探偵の勘が当たったようである。実にいい笑顔でこちらを見ている。ベルの笑顔を見ていると私も笑顔になっちゃうな。変な笑い方するなって怒られちゃうけど。
ベルはファイルに閉じられた資料を捲った。
「リゼ、錬金術師が作るものって何だと思う」
「え? 金じゃないの」
ちっちっち、とベルは舌を鳴らす。
「見てくれ」
ベルの横から資料を覗き込む。そこにはフラスコの中で眠る赤ちゃんと、人工物のような関節を持つ子供のスケッチが描かれていた。不気味だけれど、美しい。
「人造人間と機械人形だ」
命を作る、ということだろうか。
「ルーカスは金を作り出すよりも、そういう方面の研究をしていたようだね。不老不死の研究中だったらしいし」
「本当にそんなことできるのかなあ」
「さあ? 僕は錬金術師じゃないから詳しいことは分からないよ。けれど、遺言の『作ったもの』っていうのは彼が作って遺したものなんじゃないかと思って。見た感じ、彼が作ったものってこれくらいしか記述がないし……」
資料をぱらぱらと捲る。捲っても捲っても、そこに描いてあるのは人造人間と機械人形のスケッチばかり。
資料についてはベルに任せて、他のものを探してみようかな。
私は散らかった部屋を見回す。大量の紙が積み上げられて天板が見えなくなっているごつい机がある。載っている紙の分析はすぐにはできなさそうだけれど、引き出しは開くかもしれない。
机に歩み寄ると、椅子の上にも紙が積まれていることが分かった。ここに座って何かをしていたのではなく、部屋にあるものは全部物を置く場所で、自分は歩き回っていたのだろうか。ベルの散らかし方がかわいく思えてきてしまうな。辛うじて姿を窺うことのできる引き出しを開けてみると、臙脂色をした革張りの本が出て来た。背表紙には『日記』と箔押しされている。
「あ、ベル。できてる。できたんだよ」
「ええ?」
日記を持って棚の前へ行く。
「ほら」
「ああ、本当だ」
日記には人造人間が完成したと書いてあった。『フラスコから出すと死ぬと聞いていたが、外に出すことにも成功』とある。
「この人造人間が見つかれば、遺産の隠し場所が分かるんじゃないかな」
「うん、でも」
「探すのは私達の仕事でしょ。頑張ろう、ベル」
「大変そうだなあ」
依頼を受けたのはベルなんだからね。付き合う私の身にもなってほしいよ。
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