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Ⅳ
人造人間なんてどうやって探せばいいのだろう。この街だけでも相当な広さだし、国全土ともなれば探すことなんて不可能に近い。
錬金術師の近くにいるはずだ。とベルは言っているけれど、そういうものなのかな。もしそうなんだとしたら弟子さんが怪しい。でも「すみません。弟子さんは人造人間ですか」なんて聞けるわけないしなあ。どうしよう。
聞き込みに出かけたベルの帰りを待っておとなしく留守番をしていると、事務所のドアがノックされた。
「リンゴのケーキを焼いたんだ。食べにおいで」
甘い香りを漂わせながら現れたのは大家さんだった。
「ありゃ、リゼちゃんだけかい?」
「ベルは聞き込みに」
「ああ、そういや昨日大きな依頼が入ったって言ってたね」
「はい」
お茶淹れて待ってるよお、と言って大家さんは階段を降りて行った。
広げていた本や書類をぱぱっと片付けて、私は事務所を出た。傾いている看板を直してから、一歩進むごとに軋む階段を降りて行く。他の部屋とは違う、このアパートで一番立派なドアをノックすると大きな声で返事があった。笑顔の大家さんに出迎えられ、私は柔らかなソファへ案内された。
「いらっしゃいリゼちゃん」
「あのぉ、大家さん」
「なんだい?」
「さっき来た時感じたと思うんですけど、うちの玄関のドア、立て付け悪いんですよ。対応してもらえます?」
「うん、そのうちね」
大家さんはがはは、と笑う。豪快なおばさんだなといつも思う。若い頃は出るところの出た美人さんだったらしい。しかし今は出なくていいところも出た恰幅のいいおばさんだ。時の流れとは残酷だ。私もそのうちこうなるのだろうか。
テーブルに出されたシュトゥルーデルからは甘い香りが漂っていた。横に置かれたティーカップからもお茶のいい匂いがする。
「美味しいです」
「当然だろうアタシが作ったんだからね」
「お店にはもう立たないんですか?」
大家さんはちょっぴり寂しそうに笑う。
「店はもう息子のもんさ。アタシにはこのアパートを守る仕事があるからね」
私がしばしばクーヘンを買いに行くお菓子屋さんは元々大家さんのものである。アパートは大家さんのお父さんのものだった。お父さんが亡くなって、大家さんはアパートを、息子さんはお菓子屋さんを継いだのだ。
それでもやっぱりお菓子作りが大好きな大家さんは、こうして時々甘いご馳走をしてくれる。ベルのように甘いものが大好きってわけではないけれど、私だって美味しいものは好きである。
「これ。ひと切れ持って行きな、ベル君にあげて」
「どうも」
「しっかしあんた達も大変だねえ。探偵なんてよくやるね」
「人助けが趣味なので」
「頑張りなさいよ」
その後はたわいもない話をしながらお菓子とお茶を堪能した。
「ドア、お願いしますね」
念を押してから大家さんの部屋を後にする。
みしみし言う階段を昇ったところで、向かいの部屋に目が留まった。今日も『起こさないでください』が掛かっている。私達が今の事務所へやって来たのは三年前だけど、その時は既にこの札がかかっていた。
「見付けなきゃ。僕が」
何をそんなに焦っているのだろう。
事務所に戻るとベルも帰ってきていた。ルーカスの研究ファイルとにらめっこしている辺り、聞き込みの成果はあまりなかったようだ。
「ベル、これ大家さんから」
「美味しそう! 置いておいて」
「はいはい」
お皿をベルの机に置いてから、少し離れた席に着いてルーカスの日記を開く。
『ホムンクルスに関する記録』
『実験開始。フラスコの中に変化はない』
同じような記述が何日も続く。何日も、何日も。そして、一年近く経ったところで『完成した』とある。研究室で見た時に開いたページだ。
この続きはまだ見ていない。
ページを捲る。
『ようやく完成した。私はパラケルススをも、二コラ・フラメルをも凌ぐ錬金術師になれる』
『生まれた子に名前を付けた。愛しい我が子の誕生である』
『愛しい我が子。けれど、どうやら瞳の錬成に不備があったのだろうか。少しものが見辛そうだ』
その後は赤ちゃんの成長記録だ。手を動かしたとか、足を動かしたとか、今日もかわいいとか、歩けるようになったとか、言葉を話すようになったとか、ルーカスの親馬鹿っぷりがいかんなく発揮されまくりである。
名前を付けたとあるけれど、肝心の名前が書かれていないな。名前が分かれば遺産のありかを聞きに行けそうなのにな。
「ねえベル、何か新しい情報はあるの」
「全然。人造人間を探すにしても手掛かりが何もないからね。けれど、必ず見付けなきゃ」
ベルは眼鏡のブリッジを軽く押し上げる。
「どうしてそんなに熱心になってるの。ずっと求めてた殺人事件ってわけでもないのにさ」
「分からないけれど、ルーカスのこと知っている気がしてね……」
何だか、新聞を見てからベルの調子がいつもと違うな。依頼が来てもいつもはのんびり調査をするのに、今回はこんなに張り切っている。
「僕はファイルを見てるから、リゼはその日記をお願いするよ」
「うん」
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