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Ⅴ
ルーカス・クリューガーについて調査を始めて一週間。人造人間は見付かっていない。そもそも、そんな簡単に見付かるものではないと思う。
「ベル、休みなよ。三徹なんて体に良くないよ」
「平気だよこれくらい」
そういうベルの目の下にはくっきりと隈があった。研究資料のファイルを手にしながら、時折舟をこいでいる。
朝食を食べている時も、昼食を食べている時も、途中で眠ってしまいそうになっていた。私が声をかけると慌てて「大丈夫」とアピールをしていたけれど、絶対大丈夫ではないはずだ。
「そういうリゼこそ、僕に付き合って徹夜することないよ」
「私は平気だよ。元気元気」
寝不足のせいで目付きの悪いベルが私を睨みつける。
「リゼって寝不足にならないよね。いつも」
「ベルが夜苦手なだけだと思うよ」
「うーん……。あわぅ……んげっ」
呻き声のような音を出してベルが机に倒れ伏した。
「うわ! やっぱり大丈夫じゃないじゃん」
ベルの顔は赤みを帯びていて、額も熱い。
「ベル、ベルしっかり」
「うー」
張り切って熱を出すなんて小さい子のようだ。私はベルを抱きかかえて寝室へ運ぶ。こんなに軽くてちっちゃいのに、頑張り屋さんなんだから。
布団にくるまってうんうん唸っているベルの額に濡らしたタオルを置く。早く元気になってね。
しばらくしてベルが寝付いたので、私は寝室を出て事務所の方へ戻った。ルーカスの日記はまだ読み終わっていない。これを読了すれば何か分かるかもしれない。ベルが休んでいる間、私のできることをして仕事を進めないと。
『愛しい我が子は普通の人間とは違う。しかし、この子を人間として育ててあげたい。そのために、私は協力者を仰いだ。私のようなじいさんではなく、若い夫婦の元で暮らしてほしい、そう思った』
『引き取り手が見付かった。彼は錬金術師の子孫だそうで、私の研究に協力すると言ってくれた。妻も「見た目が普通の子供っぽいので大丈夫です」などと言っていたが、少し心配』
『愛しい我が子よ、どうか普通の暮らしを。いつか私がこの世を去った時、君に私の研究の全てを与えよう』
『我が子をよろしく頼むよ。我が同志』
『私が知りたいのは、人造人間がどれだけ人間に有益か、ということである。この研究が成功すれば、人造人間を量産し、社会の手助けとすることができる。だから我が子には人のために働いてほしい。困っている人がいたら手を差し伸べるような、そんな子になってほしい』
『同志は我が子を必ずいい子に育て上げると言った』
人造人間は夫婦の元で普通の子供として育てられた。ということは、自分が人造人間であるという自覚はないのだろう。やみくもに探しても見つからないな。
ページを捲ると、ひらりと小さな紙が一枚落ちてきた。何か挟まっていたのかな。
紙切れに書かれていたのは名前と住所だった。そして、隅に小さく『我が同志』と書かれていた。つまり、この住所の家へ行けば人造人間がいるのではないか。少なくとも、それを育てた人間がいるのではないだろうか。確証はなかった。けれど、これで解決するのではないか。
日記と紙切れを手に、私は事務所を飛び出した。
住所の場所には辿り着いた。辿り着いたものの、その家の夫婦は既に引っ越してしまったのだという。子供がいた、という情報も手に入った。子供も連れて行ったのだろうか。
ああ、折角ここまで来たというのに。
何だか酷く疲れた。体の節々がぎしぎしと悲鳴を上げているみたい。
「子供は施設に預けられたのよ」
何人目かの聞き込みでそんな情報が得られた。
ああ、神よ。貴方はこんなしがない娘も救ってくださるのですね。
「それってどこか分かりますか」
「さてねえ」
「分かりました。ありがとうございます」
交番で近くにある施設の場所を訊ねると、この近所には一軒しかないという。言われた住所へ向かうと、確かにそこには子供が集まる施設があった。
「ここは……」
見覚えがある。いや、そんなもんじゃない。私はここを知っている。つい三年前まで、私はここで暮らしていたのだ。ベルも一緒だった。ベルと出会ったのも……。
門扉の外から様子を窺う。絆創膏を貼っている子。包帯を巻いている子。痣ばかりが目立つ子。そんな子がたくさん。あの頃と変わらない。
この施設に、ルーカスが生み出した人造人間が普通の子供として暮らしているのだろうか。日記の記述からすると小柄な子のようだけれど、ここには平均よりも小さな子はたくさんいる。
「ねー、なにしてるのー?」
園庭で遊んでいた子供たちがいつの間にやら門のところに集まって来ていた。不思議そうに私のことを見上げている。挙動不審だったから変な人だと思われてしまったかな。
「あ、あははー! こんにちは! みんな元気だね!」
「こにちー」
「すっげー」
「きれいなねーちゃんだー」
「びじんさんだー」
次から次へと子供が集まる。綺麗だと言われて悪い気はしないけれど、そんなに褒められると照れちゃうな。
子供達に挨拶をしていると、職員の人が近付いて来た。不審者を見る胡乱な目をしている。しかし、私がこの施設出身であることを伝えると態度が一変した。見たことのない職員さんである。知っている職員さんは今日はお休みか、それとも、転勤もしくは退職をしたのかもしれない。
現在は探偵業をしていて、その調査で来たということを伝えると応接室で待つように言われた。「きれいだ」「びじんだ」と寄ってくる子供達の間を縫って進む。
応接室で待つこと数分、施設長が姿を現した。大家さんよりも年上そうなおばさんだ。この人も知らない人だな。変わったのか。私がいた頃にも職員の入れ替わりはしばしばあったものね。
「本日は何のお話で」
夫婦と彼らが預けた子供について聞くと、彼女は顔を曇らせた。それはちょっと、と口籠る。
「何か言えない事情でも」
「ここにやって来るのはかわいそうな子供達なんです。貴女もここにいたなら分かるでしょう」
「……言える範囲で何か教えていただければ」
「そうですね……。私は直接会ってはいないんですが、聞いた話ではどうやらその子、普通じゃなかったみたいで」
「普通じゃないとは」
施設長は言いづらそうに顔を伏せていたが、意を決したのか口を開く。
「子供とは思えないくらい頭がよかったんです。すごいね、じゃなくて、気持ち悪いくらいに」
ベルが見ていた資料に、人造人間は恐ろしい頭脳を持っていると書いてあったな。
「けれど、随分と目だけは悪かったようで」
日記の記述とも一致する。
「あと、とても綺麗な子がいつも一緒にいたらしくて。すいませんね、私にはこれくらいしか」
「いえ、大丈夫ですよ。それで、その子は今どこに?」
「三年前ですかね。その仲良しの子と一緒に出て行きましたよ。ここにいられるのは十五歳までですからね」
三年前……?
「分かりました。ありがとうございます」
「ああ、そういえば。一緒にいた子、時々親戚のおじいさんと一時帰宅をしていたそうですよ」
何だろう。このもやもやは。
帰り道を歩きながら日記を広げる。
『同志夫婦に新たな命が生まれることとなった。我が子を置いておくのは難しい。致し方なく施設に預けることとなった』
『私は我が子にプレゼントを作って施設へ届けた。これは画期的な発明だと思う』
『人造人間の特性として、体があまり大きくならないというものがある。それについてはパラケルススも記録を遺していた。周囲の子達にチビだといじめられなければいいが、あの子が傍にいるから辛くても寂しくはないだろう』
途切れたような文字があって、後は真っ白だ。
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