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 次の日は瑞貴ちゃんのレッスン日だった。今彼女が練習しているのは、ショパンの練習曲(エチュード) 作品(Op.)10-3 、いわゆる「別れの曲」だ。  テレビや映画でもよく取り上げられる有名な曲。シンプルなメロディだし、昔の人気ドラマで素人同然の俳優が曲がりなりにも弾いていたので、簡単な曲だと思われている。  とんでもない。むしろこの曲は難しい部類に入るのだ。簡単に聞こえるのは、テレビや映画ではみな冒頭部の簡単なフレーズしか演っていないからに過ぎない。  そもそも、この曲の冒頭部の優しく甘いメロディは、あまり別れという印象を感じさせない。しかしテンポが一気に速くなる中盤では、まさしく別れの激情が余すことなく表現されている。此処(ここ)こそが、この曲をして「別れの曲」たらしめる所以(ゆえん)なのだ。そして、その難しいパッセージを、瑞貴ちゃんはスピーディーかつ滑らかに、ミスすることなく完璧に弾きこなした。そしてまた、冒頭部の優しいメロデイに戻る。  とても小学六年とは思えない。技術的にはほぼ完璧な演奏だ。ただ……やはりまだ感情表現が(つたな)い。今はいいが、この傾向が成長しても続くようなら、いずれ彼女の足を引っ張ることになるかもしれない。  それにしても……昨日、自分の離婚について再び深く思い起こさせることがあった後で、ここまで見事な演奏の「別れの曲」を聴くなんて……なんて皮肉なんだろう。 「どうしたの、先生」
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