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 そして今、私は「川村百合子 ピアノ教室」と看板のかけられた実家に帰ってきた。両親が相次いで鬼籍に入った二年前から、ここを住処(すみか)としている者は誰もいない。と言っても、ピアノ教室主催者である私は、これまでもほぼ毎日のようにここに通っていたし、ここの名義も二年前から私の物になっている。ピアノ教師とピアニストとしては、私は旧姓の名前をそのまま使っていた。  あの明日香とかいうバカ女は、夫婦で住んでいたマンションでも良祐さんと事に及んでいた。そんな場所にはもう一秒だっていたくなかった。だから私はそこを引き払い、この家に一人で住むことにしたのだ。  それにしても……  良祐さんにはもうとっくに愛想が尽きていたつもりだったから、一人になっても別に何も変わらないだろう、と思っていた。が、こうして本当に一人になってみると、月並みな物言いだが、やはり心のどこかにぽっかりと大きな穴が空いたようだった。凄まじい喪失感が、今の私の全てを支配していた。  春の強い風が、玄関の前で立ち尽くしていた私を我に返らせる。  ホームセキュリティを解除し、ドアを開ける。  いつもの仕事場であるピアノ部屋を通り抜け、今ではめったに入ることのない居間に足を踏み入れる。  かすかなホコリの(にお)いが漂う、よどんだ空気。障子戸から降り注ぐ夕日が、畳の上に落ちてそこだけを赤く染めていた。  近所で遊ぶ子供たちの声が、かつて両親や妹とここで過ごした日々を、私の脳裏に蘇らせる。  私の頬を、いつしか涙が伝っていた。 ---
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