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その日、私は市民オーケストラの定期地方公演にゲストピアニストとして参加していた。
人口三千人にも満たない地域だが、会場のコミュニティプラザのホールは聴衆で八割方埋まるほどの盛況だった。私はオーケストラをバックにピアノを弾いた。演目はラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。色んな映画やポップスで引用されている、定番中の定番だ。
演奏会は無事終了。玄関を出ると、辺りはもう薄暗い。オケのメンバーたちから打ち上げに誘われたが、明日もピアノ教室の仕事があることを理由に断った。彼ら彼女らに別れの挨拶をして、私は駐車場に停めてある愛車のミニ・クーパー・40thアニバーサリー・リミテッドに向かった。大学卒業後に新車で買って以来、もう二十年近く乗っていて、さすがに色々壊れることもあるが、その都度行きつけのショップに頼んで修理してもらっている。私のお気に入りだ。現行のBMWミニは私の趣味に合わない。やはりミニと言えばクラシックだ。
ふと、私の車のそばに、一人の人影があるのに気づく。おそるおそる近づくと、その人は私の方に向いて、言った。
「久しぶりだね」
……!
その声の主は、すぐに思い出せた。忘れるはずがない。
「良祐さん……」
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