プロローグ

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プロローグ

「もし恋人にするなら、さわやかな人がいいな」  僕の初恋の人は、そう言いながら笑っていた。彼女は手に持っていたタピオカミルクティーを口に含み、僕にタピオカを飛ばしてきた。  僕は少しだけ泣いた。  後味の悪い目覚めから、私の一日は始まった。8枚切りの食パンを一枚フライパンに置き、火をつけた後トイレへと向かう。股間を掻きながら、今日の予定を思い出そうとしていた。  私、徳盛 飯矢(とくもり めしや)は所謂ダメ大学生であった。成績は下の下、部活・サークルなどには当然入っておらず、日々ラーメン屋のアルバイトとテレビゲームに明け暮れていた。  12時40分から必修科目の講義があることを思い出し、しぶしぶ着替え始める。起床11時30分、もちろん目覚まし時計などセットしていない。起きた時間で間に合う講義に顔を出す、それが彼の当り前である。買って3年目の黄ばんだパーカー、糸がほつれまくりのジーパン、ボロボロのスニーカーを身につけ、ギーギーとうるさい自転車を走らせながら大学へと向かう。  将来の夢など、無かった。全く勉強していない国語が得意だったので、なんとなく大学の文学部を目指した高校時代。紆余曲折を経て今は農学部でよくわからんカエルの研究などをしている。  まったくやる気の感じられない「オツカレサマデス」をぼそぼそ言いながら研究室に入ると、これまたダメな男が1人あいさつを返す。 「おはよう、今日授業は?」  研修室のイスににどっかりと居つく私と同じく4年生の油蕎麦 混太郎(あぶらそば まぜたろう)は小汚い顔をいじりながらそう言った。 「おはよう、今日は3限だけだよ。」  ちなみに4年生にもなって講義を受けているのは単位が単位が足りないからである。私の名誉のため補足すると、留年などはしていないし、する予定もない。なお、混太郎は比較的優等生であった。  とりあえず荷物を研究室に放り投げ、私は講義が行われるA-10教室へと向かった。  A-10教室は私が通う納豆大学(通称ナ大)のなかで最も大学らしい巨大な教室である。後ろの方ならスマホをいじってもばれないので、A-10で行われる講義は積極的に履修していた。  最後列はイケイケな学生が群れて陣取っていたので、私は後ろから3番目の席に腰かけた。  2つ隣の席に見覚えのある顔があった。 「よお、徳盛。ちゃんと学校来てえらいぞ。」  握力を鍛えるアレをカチャカチャしながら声をかけてきたのは、歯型 付(ハガタ ツケル)であった。彼も私や混太郎と同じく、農学部の4年生である。もっとも、研究室は別であるが。 「おつかれ~」  特に話題もないので、私はスマホをいじり始めた。  今日は遺伝子のよくわからん講義であった。よくわからん教科書を開き、よくわからん教授の全くわからん説明を聞きながら、実にわかりやすい少年漫画をスマホでペラペラしていた。 「大学爆発しねーかなー」 そんなことを思いながら講義終了の時間を待っていた。  授業が終わり、歯型と別れ私は1人研究室に向かった。道中、私は謎の人だかりに行く手を遮られた。一体何だというのだ。  人だかりの中で様々な声が結構なボリュームで飛び交っていた。 「マジ?警察電話した方がヨクネ?」 「トリマ学務っしょ、てか守衛所の方がヨクネ?」 「マジアリエネー、ギャハハ」 「てかイタズラジャネ?」  皆の注目の的は学生への連絡用の掲示板。そこにはやんちゃな小学5年生が書いたような雑な字でこう書いてあった。 『この学校に爆弾を仕掛けた。解除してほしくば来週月曜から全校休校にすることをオヌヌメする。』  オヌヌメとはオススメのことであろうか。そんなことを思いながら私は1人ニヤニヤしていた。待ちに待った「学校で事件」のシチュエーション。これを逃しては一生私の夢は叶わないだろう。  先ほど私には夢はないと説明した。しかしそれは世を欺くための嘘である。いや、夢というよりは願望というべきか。私は探偵、とりわけ学校で起きた事件を解決し、周りからチヤホヤされるタイプの探偵に憧れていたのだ。  誰もが一度は妄想したことであろう「学校にテロリスト」。そして「それを何とかしちゃう自分」。私は大学生になってもこの妄想をやめることはできなかった。いつしか妄想は本人とともに精神的な成長を発揮し、探偵というややアカデミックな職業へと変化していた。  この事件、絶対に私が解決してやる! ダメ人間・徳盛飯矢はだらけきった人生の中で珍しく1人で燃えていた。
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