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 やがて救急隊員の一人が玄関から搬送の準備ができたと言ってきた。啓介は挨拶に行くために玄関に向かう緊急隊員が何人か待っていて、その奥にトラックが止まっている。啓介はそのトラックを見てゾッとした。そこには晴子と同じようにガラスケースに入れられた人間が何人も乗せられていたのだ。啓介は体からくる震えを抑える事が出来なかった。顔を青ざめさせたまま、彼は妻のもとへ戻った。そんな夫を晴子は不安を感じながら見つめる。やがて「救急隊員がお名残惜しいですがもう時間です」と言ってきた。啓介はまるでまるで晴子が出棺されるみたいじゃないかと腹が立ったが、その時彼は思い出したのである。この伝染病にかかった患者は死んでからでさえ面会できないと言う事を。この異様に感染力のある伝染病は病人が死んでからも次の獲物を探して空気の中を飛び回るのだ。晴子に不幸が起こったとしたら、次に彼女に会う時、彼女は燃やし尽くされ骨になっているだろう。  救急隊員が晴子の入ったガラスケースを持ち上げ、玄関まで運んでいく。子供達はママを連れて行かないでと泣き叫ぶ。晴子は啓介と子供達を見ながら涙を流して手を振る。啓介は晴子に付き添っていた。ただ彼女を見つめ、彼女の言葉にならない言葉に相槌をうっていた。  しかし救急隊員達が「ご協力ありがとうございました。隔離施設まで無事に搬送します」と言い、晴子の入ったガラスケースをトラックに載せようとした瞬間だった。突然啓介がガラスケースに突っ込んできて、ガラスを叩きながら「晴子!」と叫んだのだ。  啓介の叫びを聞いて、蹲っていた晴子は立ち上がって啓介を見た。そこに涙でクシャクシャになった啓介の顔があった。  啓介は晴子の入ったガラスケースを抱きしめガラスケースに顔を近づけた。晴子もガラスの外の啓介に顔を近づける。そしてそのまま二人はガラス越しにキスを交わした。  妻の晴子を乗せたトラックは啓介達を残して去っていく。晴子はこれからどうなるのだろうか。啓介は先ほどぶつけた歯の痛みが引いていくのを感じながらずっとその場に立ち尽くしていた。
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