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 しかし、今こうして晴子はガラスケースに閉じ込められ、啓介と子供達は晴子に触れることさえ出来ない状態になっている。勿論啓介達は伝染病に油断していたわけではない。ニュースで散々流れた伝染病の恐怖は知り尽くしていたし、罹患した患者がどうなるかも分かっていた。『罹患したらまず一週間はもたない。奇跡的に回復したケースはないことはないがそれも全体の何パーセントかだ』  啓介達は政府の警告に従ってやるべきことはやっていた。消毒も徹底的にやったし、この一ヶ月間外出などは一切しなかった。なのに何故自分達家族に被害者が出たのか。そういえば三日前に食材を持ってきた男が怪しかった気がする。晴子が言うにはその男は咳こそしなかったが、顔が異常に青ざめていたらしい。翌日は別の人間が届けにきたがまさかあの男が……。しかし今そんなことは今はどうでもいい。今大事なのは晴子のことだ。  彼は再び晴子を見た。しかし彼女に言葉をかけようにも言葉自体が出てこない。すると晴子がガラスの壁を叩いて啓介を呼んだ。啓介は妻の声を聞こうとガラスケースに触れるところまで近づいた。 「こんな事になっちゃってゴメンね。私ちゃんと注意していたのに。しばらくいなくなっちゃうけど、子供達のことよろしくね。あなた達、ママはしばらく帰れないけどちゃんとパパの言う事を聞くのよ。あなた、私がいなくなっても……」 「バカヤロー!」  そう啓介は晴子の言葉を遮るように叫んだ。それは晴子にだけでなく何よりも晴子を救ってやれない自分に向けての叫びだった。そばの子供達はガラスケースの母と父の態度から異常なものを感じて泣き出した。するとガラスケースの中の晴子が「みんな泣かないで……」と言うと、いきなり蹲ってそのまま声を上げて泣き出してしまった。啓介はいてもたってもいられず、晴子を抱きしめようとして、ガラスに頭をぶつけてしまった。救急隊員は慌てて彼を見た。しばらくして晴子がいきなり笑い出した。 「啓ちゃん!相変わらずそそっかしいんだから!大事な時はいつもそうやって失敗するんだから!結婚式の時もそうだった!誓いのキスですって神父様が言ってからすぐにキスしてきて!唇じゃなくて歯をぶつけてたじゃん!あれすごく痛かったんだよ!」  結婚式の時の失敗を暴露された啓介は苦笑いをした。確かにそうだった。自分はあの時緊張のあまり我を見失っていたのだ。啓介はその場面を思い出し顔を真っ赤にしながら言った。 「そんな減らず口叩けるならすぐに帰ってこれるんじゃないか?お前の帰りを家族で待ってるからな!」
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