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蛇足
日差し穏やかな春の日。
俺は畳んだ傘を手に、またあの道を歩く。
駅までの道。
あの時は、死刑台へのカウントダウンだったよな。
感慨なのか、憂鬱なのか。見当もつかないまま、黙々と歩く。
「琉生っ、おはよう!」
「あぁ麻里」
後ろから息を弾ませて来たのは、俺の恋人。
長い髪の、華奢で可愛い女の子だ。
「んもぉ、なんで先に行っちゃうの!?」
「あー、ごめん」
一緒に登校しよう、と言っていたのに。
俺はこうやって、すぐにぼんやりしてしまう。
……あの日から。
―――自殺未遂をして、無様にも失敗。
目覚めた病室で、半狂乱な母がいた。
そのあと沢山の検査を受けて。
異常が無いことに、今度は医者たちが首を傾げた。
あれから一年。
桜はすっかり散って、そうこうすれば葉桜になるだろう。
「今年は桜の開花が、早かったな」
「んー? そうだっけ」
毛先を弄びながら、彼女が言った。
……あぁ、違う。
そんな反応に、慣れ親しんだ失望を感じる。
彼女が悪いんじゃない。
俺が、悪いのだ。
意識不明中に見ていた夢。
そこは不思議で、素晴らしい世界だった。
美しく可憐な恋人。
時にぶつかったが、明るく楽しい仲間達との時間。
全能感を感じた、数々の戦闘。
全ては夢だ。
「ちょ、琉生。 足早すぎ!」
「あ。ごめん」
「なんか変だよ? ボーッとしてる」
「うん。ちょっと」
「まさか……浮気ぃ?」
「あのなぁ」
……この恋人は、俺の心配より浮気の心配か。
気付かれないよう、ついたため息。
「もう一回、会えないかな」
「えっ?」
思わず思考が口から出る。
ごめん。なんでもない、と言おうとした時。
「っ……!?」
驚愕。
僕の死んだ魚のような目が、捕らえたのだ。
『知った顔』を。
「っ!」
「ちょ、琉生!?」
走り出す。
女の声がしたが、無視をした。
……追いかけなければ。今すぐに!
横断歩道を渡って、ひたすら走る。
目の端に、特徴的な服を目に焼き付けながら。
「っ、はぁっ、ぁ……っう、はぁ……ま、待て」
手を伸ばす。
掴む。
「魔王覚悟!」
黒ずくめの、服に縋りついた。
……あぁ、物語は再び始まる。
魔王討伐の。その先の世界だ。
―――その喉元に、手にした傘を突き立てる。
英雄と呼ばれし、日々を夢想して。
人々の悲鳴が、喝采の如く溢れた。
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