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魔王
―――ドライアイスを焚いたような、演出など無い。
ただそこは。
「な、なんだ……」
荒廃した部屋。
蜘蛛の巣が張った、玉座。
まさか、ここは。
『よくぞ来た、勇者よ』
「!?」
声が響く。
ガラン、とした玉座の間に。
『お前の聖なる力を見込んで、頼みたいのだ』
『この国を、民を、世界を救ってくれ』
『魔王は、この世界を死の国にしようと企んでいる』
『魔王を倒せし時、再びここに戻れば。お前には、新たな道が開けよう』
「これは……っ、国王陛下!?」
旅の最初。俺が国王から直々に、魔王討伐の命を受けた時の言葉だ。
まるで幽霊のように声だけが、ぐわんぐわんと破鐘の音を刻む。
「こ、この魔王め!」
辺りを見渡し、異変に気が付いた。
……仲間達が居ない。
「みんなッ、どこだ! マリア!? 」
居ない、居ない。
どこにも。誰も。
「一体、何が……」
身体の芯から、一気に力が抜ける。
ガクガクと壊れた人形のように、床に膝をついた。
灯りの点らない広間。
いつしか、国王の声も止んでいた。
「……まだ分からないか」
「!」
後ろからの声に、振り返る。
―――男が、部屋の入口に立っていた。
「魔王、か」
黒ずくめ。
そして顔にはのっぺりとした、白い仮面。
「仲間をどこにやったッ!」
「仲間、か。本当に、そんなモノ居たのか?」
「な、なんだと……」
意味が、分からない。
ずっと居たに決まっているだろう。
辛く長い、それでも楽しい事も沢山あった旅。
それぞれの出会いと、争い諍い。そして、友情。
「もう分かっている筈だ」
「何を言ってる……」
男は、ツカツカと足早に歩を進めた。
「私を殺せ。そして、進むべき道へ」
男は、いや魔王は仮面に手を掛ける。
「やめろッ!」
俺は反射的に叫んだ。
やめてくれやめてくれやめてくれ……自分の声が頭の中を引っ掻き回す。
「さぁ『勇者』よ」
「い、嫌だ!」
へたり込んだ俺と、見下ろした仮面の男。
無様にも、埃まみれの床を這い回る。
嫌だ嫌だ嫌だ、と駄々っ子のように喚きながら。
「……刻は満ちた」
途端、鐘が鳴った。
耳を覆いたくなる程の轟音。
教会の鐘のような。あぁ、でもここは。
「この世界を救うのは……」
「っ……!?」
男がゆっくりと仮面を外す。
俺は、泣きながらも目が離せない。
―――カツンッ。
冷たく旧い、大理石の床を蒼白の仮面が剥がれ落ちた。
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