信玄のキンジュウ

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「っ?!」 突然背後から声を掛けられた樹は、ビクリと肩を揺らし 咄嗟に全速力でその場を逃げ出した。 「あっ、待て! 止まらぬと、矢を射かけるぞ?!」 背後から呼び止める声も聞かず走り出した樹は、あることに気が付いた。 あれ…?! 俺、『ちゃんと』走れるーーー 怪我をする前と同じようなダッシュが出来る?! 理由はわからないものの、思わず感動する樹だったが その時、彼の頬をかすめるように一本の矢が自分の向かう先へと追い越して行った。 「…っ?!」 樹はそのスピードを目にし、自分の脚力を持ってしても 弓矢の標的からは逃れられないことを瞬時に悟り、その場でピタリと足を止めた。 恐る恐る振り返ると、そこには息を切らしながら追いかけてきた甲冑の男が一人立っており、 こちらに向けて再び弓矢を構えていた。 「うわっ?!」 樹が思わず仰け反ると、男は警戒する様子で樹に問いかけてきた。 「はぁっ、はぁ…。なんと言う脚の速さ…」 「あの、あなたはーーー」 「お主…っ、武器と鎧はどうした? 落武者狩りにでも遭ったのか?」 「…えーと、そもそもここはーーー」 「はぁ…っ、ともかく…、 答えよ!お主は『どちら側』の兵だ?」 「!!」 どちら側、って… とりあえず、少し状況は飲み込めた。 ここは恐らく戦国時代のどこかで、この死体の山は戦によって亡くなった兵達だろう。 そしてこちらに弓矢を向けている男は 俺がその戦に参加していた兵の一人だと思っているっぽいな。 ーーーさて、問題は『どちら側』かだ。 この男は、俺が敵が味方かを知りたがっている。 そもそもどことどこが戦っているのか分からない状況下で 答えようがない話ではあるけれど… 樹はちらりと、先程目にした戦旗に視線を投げた。 !…あの紋様…見たことあるぞ。 それに、槍にばかり目が行ってしまっていたけど 目の前にいるこの男も、よく見たら同じ紋様の戦旗を挿してるじゃん!! ああそうか、分かったーーー 「…俺はあなたと同じ側の人間ーーー 武田の兵です!!」
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