それから

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「…そう、ですか…。 すみません、失礼なことを言ってしまって…」 樹が、紗世に悟られないよう密かに落胆していると、 紗世はそんな彼の心を見透かしたかのようにこう言った。 「…だから、私の今の感情は、『清姫の記憶があるからではない』って自分に言い聞かせているの」 「…?」 「私が…、7年前からあなたにまた会えることを待ち望んできたことも、 こうしてあなたに会えて、胸が張り裂けそうなほどに嬉しさを募らせていることもーーー 『清姫だからじゃない、これは七海紗世の感情だ!』って、必死に自分に言い聞かせているの」 「…えっと…つまり…?」 混乱した樹が紗世を見つめると、紗世は頬を真っ赤に染めて俯いた。 「…だから…!これはあくまで私が自発的に抱いた感情であって、 清姫の思いとは全く別の次元であなたのことがーーー」 そう声を張り上げた紗世のしぐさは、 かつて清姫が樹に思いを打ち明けた日の夜とそっくりの様子だった。 それを見た樹は、思わず噴き出してしまう。 「…ははっ…」 「ちょっと!何がおかしいのよ?!」 「…すみません。なんだか、清姫に似ていたもので」 「だから…っ、私は私ーーー」 「ーーー分かってます。 ナナミさんはナナミさんとして生まれてきて、ナナミさんだけの人生を送ってきた。 あなたはナナミさんであって、清姫じゃない。 だから…」 「ーーー待って!!」 その時、紗世が慌てて樹の口元を塞いだ。 「その先の言葉…『だからあなたとはもう会わない』…じゃ、ないわよね…?」 泣きそうな表情で樹を見上げる紗世に、樹はくすっと笑みを溢しながら 不安げな彼女の左手を握り締めた。 「…だから、これからは『七海紗世』としてのあなたに、会いに行ってもいいですか?」
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