93人が本棚に入れています
本棚に追加
/400ページ
菊姫の願い
鈍い音と共に血飛沫が宙を舞った。
ーーーそして樹が床に倒れ込む音を、菊姫は確かに耳にした。
…だが、そこに樹の姿は既に無かった。
「…無事、あちらの世界へ戻ることができたのですね」
菊姫はそう呟くと、いつの間にか血の跡が消えた刀を鞘の中に収めた。
ゆっくりとその場に正座すると、自分の中に流れ込んで来る『新しい記憶』に意識を傾ける。
ーーー良かった。
樹殿は生まれ変わった世界の私ーーー亜純を、ちゃんと救ってくれた。
私も彼女も、樹殿への恋に破れてしまったけれど…
亜純はこれから先、自分らしく幸せに生きていける。
だから、亜純のことは、もう大丈夫ーーー
誰も居ない部屋の中に、冷たい風が流れ込む。
樹殿が元の世界に帰り、これから兄上は妻の桂姫と共に命を終えーーー
私はこの時代に一人取り残されることになる。
そしてこの先長い年月を、この生を終えるまで過ごしていくことになる。
最初のコメントを投稿しよう!