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「そ…そうか」
樹の返答を聞いた兵は、ほっとしたように槍を下ろした。
「しかし、身元の分かる物を何一つ身につけていないとは、紛らわしいにも程があるぞ!」
「そ…それは、敵に襲われて着ていた甲冑や武器を奪われてしまって…」
「うん?お主のような若造が、剥ぎ取られるほど高価な甲冑を身に付けていたとでも言うのか?
…まあ、それは良い。
ーーー信玄様より撤退の命が下った。
俺は命を聞きそびれ未だ戦っている者がおらぬかを確かめに来たのだ。
この辺りには、お主以外に生き残りもおらぬよう見えるゆえ、引き上げるぞ!」
「…は…い」
ついて行って良いものか、と戸惑った樹だが
死体しかない焼け野原に置き去りにされるよりは良いかと思い直し
樹は見回りに来たという兵の後ろをついて行った。
はあ…ひとまず乗り切れたようで良かった。
それにしても、まさか戦っていたのが武田信玄の兵だなんてな。
まさにさっきまで俺が主人公としてプレイしていたゲームの世界そのものじゃん。
…でも、そんなはずはないよな。
だってあんなにリアルな死体ーーー
ここがあのゲームの世界ならば、
あんなのが作りモノの訳がない…。
「着いたぞ」
樹がこれからどうすべきかと考えながら歩いていると
いつの間にか目の前に、白い幕で覆われた本陣が構えていた。
見回りの兵は中に入るよう樹へ促し、
樹が戸惑いながらも幕を潜ると
中には屍となっていた兵達とは打って変わって豪勢な甲冑に身を包んだ男達がずらりと座っていた。
「生き残りの兵を連れ帰って参りました!」
見回りの兵が声を張り上げ報告すると、
男達の輪の中心に座っていた一人の男がゆっくりと腰を上げ、
じろりと樹の方を一瞥した。
「ーーー生きて帰ったのはお主だけ…か」
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