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「ひっ」
男と視線が重なった瞬間、樹の口から思わず悲鳴のような声が漏れ出てしまった。
男は目線だけで人を殺せそうな程に凄みがあり、
がっしりとした体格に絢爛な甲冑を纏った様は
孤高の虎のような威厳と存在感に溢れていた。
この男がーーー武田信玄…?
樹はごくりと生唾を飲み込んだ後、コク…と頷いた。
「ふむ…」
信玄はゆっくり樹の方へ近寄って来ると、じろじろと樹の容姿を観察し始めた。
「ーーーどうやって生き残った?
撤退の命を出してから随分と経っているが、
まさか最後の一人になるまで戦っていたというのか?」
「!…それは…」
どうしたらいい…?
ここで適当に「そうです」と答えたとしても
刀も槍も弓も握ったことのない俺が
その経緯を再現することなんてできるはずがない。
下手に嘘をついて評価されでもして
刀さばきを見せてみろ、なんて言われたら
明らかに戦ド素人だとバレてしまう。
「よくわかんないけどタイムスリップしてきたみたいです」と正直に話すか?
いや、それこそ危険だ。
この人は冗談が通じそうな相手じゃない。
いや冗談ではなくガチの話ではあるんだけれども、
作り話だとしか思ってもらえないだろう。
そしたらやっぱり嘘つき扱いされて、下手したら処刑ーーー
「…敵から逃げ回っていたら、生き残ってしまいました…」
悩んだ末、出てきた言葉がそれであった。
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