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「マリオン・クォース。……好きなように呼んでくれて構わない」
セミロングの銀髪の少年は、アーサーが今まで見たことのないほど美しい顔立ちをしていた。女性的、というのとは少し違うかもしれないが。髪と同じ色の睫毛は驚くほど長く、その奥の瞳は蒼と緑が混じったような独特の色合いをしている。まるで神様の絵から這い出して来た天使様、のような美貌だった。だからこそ――彼がいわゆる“娼婦”の類であることが、信じられないと思うのである。
「えっと、その……マリオン。どういうことなのか、もう一度説明して欲しい。父さんに説明は受けたけど、正直全然頭が追いついてないんだ」
アーサーは頭を抱えるしかなかった。何がどうして、こういうことになったのだろう。
目の前の、まだたった十四歳の少年を前に。いきなり“子供をたくさん作れ”なんて無茶なことを言われたのである。婚約者、でさえない。彼は、子供を作るためだけに買われて此処にいるのだ。しかも本人がそれを承諾しているときた。いくらアーサーがアルファで、目の前のマリオンがオメガ。現実問題、子供を作ることが可能なのであるとしても、だ。
「混乱するのも無理はないだろう。君のようなまだ若い少年なら無理もない」
「若いってあのね、マリオンの方が一個年下でしょーが」
「俺は慣れてる、問題ない。十一歳からもうこの仕事をしている」
「嘘でしょ……」
つまり。オメガである彼はその性別を利用して娼婦――正確には“一時的に貴族の愛人になって子供を産む”ということを仕事にしているというのだ。
確かに、アーサーの兄はまだ十八歳だというのに不慮の事故で命を落とした。次男のアーサーはもっと若いとはいえ、凡庸である上こちらもいつ同じようなことになるかはわからない。そうなれば、家は跡継ぎがいなくなって血が途絶えてしまうことになる。それだけはあってはならない、早急に次の跡継ぎを作っておかなければ――と父は考えたらしいのだ。
とはいえ、残念ながら残った跡継ぎのアーサーはまだ十五歳であるし、恋人も婚約者もいない。ゆえに一時の愛人でもなんでもいい、という滅茶苦茶なことを彼らは考えてしまったようなのだ。見目が良く、オメガであればまだ十四歳の下層階級の少年でもいい――なんて理屈が通らないどころの話ではないが。
「お前、それでいいのか?だって身体を売るってことだし……子供を産むって、それすっごく痛くて苦しいことじゃないか。しかも、君だって男だし。死ぬかもしれないんだし。好きでもない人との間に子供を作るなんて、そんなの……」
アーサーは尻込みをする。確かにマリオンは美しいが、男だ。はっきり言ってそういう趣味があるわけではない。いくらアルファ・オメガの性別が見つかって、宗教的にも倫理観的にも同性間の結婚や恋愛への認識が緩和されたと言ってもだ。今まで、女の子相手にしか淡い感情を抱いたこともないアーサーに、いきなり男を抱けというのは無茶がすぎることなのである。
それに、彼はお金のために此処にいるだけで、アーサーのことが好きというわけでもない。本当にそんなことでいいのか、と疑問に思うのは当然のことだ。
「問題ないと言っている。この家で雇われている間、俺は此処に住ませて貰えるしまともな食事も貰える。身内へ高額な仕送りもすることができる。お金がない下層階級の子供に、選べる仕事なんかない。なんせ、俺よりもっと酷い生活や仕事をしている子供なんかいくらでもいる」
マリオンの眼は、青い湖面を覗き込むように澄んでいる。けれどその瞳の奥に、ほんのすこしだけ漣のようなものが広がるのを俺は見逃さなかった。
「それに比べたら、俺の心などどうでもいいことだ。違うか」
その時。何故だかわからないが――アーサーは、とても苦い気持ちを感じたのである。初めて出会った筈の少年であり、一時“愛人ごっこ”をするだけの相手だというのに。
世界に対し、理不尽に思っているのは、自分も彼も同じなのだ。
まるで産まれて初めて、仲間を見つけたような気分であったのである。
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