抗う二人に祝福を

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 ***  マリオンに与えられた期間は、半年。ひとまず半年の間に何か成果を見せなければ、彼は解雇されてしまう可能性が高いのだという。身籠ることができさえすれば、ひとまず子供を産むまでは此処で養って貰えるのだそうだ。つまり、彼の仕事を考えるならば、早急にでもアーサーはマリオンを抱いてやるべきとも言えるのである。発情期が一番妊娠しやすいとされているが、何も平時であっても子供ができる可能性はゼロではないのだから。  しかし、アーサーはどうしても“親に言われて仕方なく関係を結ぶ”のは嫌だったのである。それを、心の奥ではマリオンも嫌がっていると感じていたから尚更だ。ゆえにアーサーが最初にしたことは、とにかくマリオンのことを知ってみるということだったのである。  初めてだったのかもしれない。自分から能動的に“何かをやってみたい”と思うようになったのは。 「マリー、次はこっち書いてみろ。林檎だ」 「えっと、a……pp……le?こうか?」 「そうだ。マリーは字が綺麗だな、俺とは全然違う!」  彼は、字の読み書きが出来なかった。誰にも教わってこなかったし、教えて貰う機会もなかったのだろう。アーサーの部屋にあるたくさんの本を見て寂しそうにしているので、試しに字を教えてやったらとても喜ばれた。その時初めてマリオンの笑顔を見て、アーサーは胸の中が熱くなるのを感じたのである。それは、無表情がテンプレレートのマリオンでも笑えるのだと発見したというのもあるし――自分がしたことで誰かに喜んで貰える、という経験が初めてであったというのもある。  人のために何かをする、それによって喜んで貰える。それがこんなに、楽しいことだとは思ってもみなかった。  成績が悪いアーサーであっても、貴族である以上一般的な教育は受けているので当然簡単な読み書きや計算などは問題なくできる。いつの間にか、家にいる時はアーサーがマリオンの先生をやるようになっていた。無表情で冷たい印象ばかりだったマリオンが、字を書けるようになるたび顔を輝かせて自分に報告してくるのである。いつの間にか、それを見るのがアーサーのひそかな楽しみになるようになっていたのだった。  まるで、雛鳥が親に懐くようなものだった。きっと誰にも優しくして貰ったことなどなかったのだろう。いつの間にか、斜めに構えた性格のせいか友達が殆どいなかったアーサーの、唯一無二の友人となっていたのだった。親からは相変わらず“子供はまだか”なんて事を言われていたけれど。アーサーには、そんな事よりもずっと大事な時間がマリオンとの間に生まれつつあったのである。  教えたこと、遊ぶようになったことは家の中だけに留まらなかった。広い庭で、二人でサッカーをするようになったのである。といっても二人だけなので、ボールの奪い合いをしたり、シュートの練習をしたりということが精々だったけれど、それでも楽しいことには変わりなかった。初めて出来る、階級も立場も飛び越えた友達。今まで色がなかったアーサーの世界が、キラキラと輝き出すようになったのである。 「アート!いいもの見つけたんだ、来てくれ!」  出会った頃よりもずっと大きな声ではしゃぐようになったマリオン。大きな木の下で彼が呼んでいるので、アーサーが走っていくと。彼はとびきりの笑顔で、小さな草を渡して来たのである。 「この間読んだ本に書いてあったんだ。四葉のクローバーを見つけると、幸せになれるらしい。だからアートにやる!」 「マリー……」  多分、その時だろう。その手元の四葉のクローバーより、青い青い空の色より。マリオンの笑顔に釘づけになって、眼が離せなくなったのは。  男の子に、興味なんかないはずだった。でも。  その時初めて、アーサーはマリオンというひとりの存在に、恋心を自覚したのである。
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