抗う二人に祝福を

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 ***  わかりきっていた、事。  彼に与えられた期限は、半年。その期限が近づけば、いつまでも子供ができないマリオンに、アーサーの父が業を煮やすのは当然のことだった。二人の関係が、まるで対等な“友達”であるように見えたのも不満であったのだろう。  ある日、スクールから帰って来たアーサーは。マリオンが父に叩かれている現場を目撃してしまう。 『お前の仕事は、息子の跡継ぎを産むことだけだ、わかっていないのか!さっさと抱かれて来い、さっさと孕め!なんのためにお前のような薄汚いアンダークラスを家に招き入れていると思っているんだ!!』  一ヶ月に一度の、発情期とやらを。マリオンが薬を飲むことによって抑えていることを、アーサーは知っていた。それがアーサーの望みでもあったからだ。あくまで、二人で“そうしてもいい”と思う時が来るまで、心を無視してそういう行為に至りかねないものは抑えこもうと決めたのである。  発情期は、残酷だ。マリオンと接するようになってきちんと調べて知ったのである。とにかく、無作為にアルファを誘ってしまうし、オメガ側もまるで抵抗できなくなってしまう。人の尊厳が、平然と踏みにじられる、その危険性があるタイミング。いくら生理現象のようなものとはいえ、そんなものに流されて関係を結ぶのだけはごめんだった。マリオンが素直に提案を受け入れたのはつまり、彼とて本心は同じことを望んでいたからということだろう。  それでも、アーサーは名家の跡継ぎ。彼はそれにあてがわれたオメガ。いつまでも、自分達の理屈を押し通すことなどできない。なんせ、自分達はまだ子供に過ぎないのだから。  その暫くの後。マリオンに、発情期が来てしまった。部屋のドアを開けた途端漂った甘ったるい匂いに、アーサーは膝から力が抜けそうになってしまう。  理解してしまった。今回、マリオンが抑制剤を飲まなかったということを。 「あ、アート……」  彼は。アーサーの部屋のベッドで、頬を真っ赤に染めて震えていた。 「ごめん、約束、破ってしまった……」 「ま、マリー……」 「お願いだ。……これしか、ないんだ。俺は、それしか、価値がないんだから……!」 「ふ、ふざけた事言うんじゃねえ、馬鹿が!」  ふらつき、足は勝手にベッドへと向かおうとする。このままマリオンに近づいてはいけない、と本能がわかっていた。オメガの発情期の匂いに完全にあてられてしまえば、いくら抗おうとしても身体はあっさり心を裏切る。それだけはあってはならない。下半身が熱い。いますぐ、猛りきったものを刷り上げてしまいたい。俺は前かがみになって、歯を食いしばって耐えながら――必死で部屋中を探していた。  マリオンは、父に言われて発情期を強引に押さえ込まず、自分との関係を持とうとしている。そうやって子供を産まなければ、追い出すぞと脅されているせいだ。それはアーサーもわかっていた。でも。 ――いつか、そういう関係を、本当に持つ日が来ても。  転びながら、情けなく呻きながら。それでもアーサーは、衣装箪笥をひっくり返し、机の下を覗き込んだ。 ――その初めてが、こんな形で……今日であっていいはずがねえ!ああいうことは、本当に好きな相手同士が……そうしたいと願ってするべきだ。こんな流されるように、誰かに無理やり押し付けられてするべきことじゃねえよ!クソ!  どこだ。なんだかんだで慎重なところのあるマリオンである。部屋のどこかに、こっそりいつもの抑制剤を隠したはず。それを探して飲ませれば、事後対応であっても一定の効果はあるはず。少なくとも、こんな脳が霞むほどの欲情から、お互い脱することもできるはずなのだ。  アーサーがしていることに気づいたのだろう。マリーは眼は掠れた声で、なんで、と告げた。 「何でだ、アート……確かに、約束はした、けど。君だって……辛いはずだろう。さっさと俺を抱いてしまえば、開放……されるのに」 「ふざけんな!俺達の……俺達の初めてが、こんな形でいいもんか!お前だって、こんなの本当は嫌なんだろ!だから、発情期に頼って……無理にでもやっちまおうって、そう思ったんじゃないのかよ!」 「!」  きつく握った拳から、血が流れる。ひっくり返した本棚。落ちた辞書の裏側に、見覚えのあるものを発見した。茶色の、ピルケース。マリオンのだ。 「俺は……俺は、お前が、好きだから!」  きっと、苦しさのせいで滲んだ涙やらなんやらで、自分の顔は酷いことになっていただろう。  それでも、アーサーは叫び、マリオンにピルケースを投げたのである。自分の、精一杯の想いと共に。 「だから……お前と、そういうことすんのは!お前が俺をそういう意味で好きになってくれてっ……こんなんじゃ、なくて!お前が、俺の……恋人ってやつに、なってからにすんだよ!悪いか、こんちくしょう!!」  その時。どういう気持ちで、彼はケースをキャッチしたのだろう。  彼が俯いて言った言葉に。先程までとは違う涙が流れたのは、きっとお互い様に違いない。
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