慎二と孝太

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慎二と孝太

 仕方ないことだけど、いつも僕が迎えに来てばかりだよな。僕はそう思いながら孝太(こうた)ん家のインターホンを押した。遠くで聞こえるくぐもったチャイムの音に続いて、パタパタとスリッパが床を(たた)きながら近付いてくる。いつもの事なので、おばさんもインターホンに出ずに僕だと分かるのだ。自分で言うのもなんだけど、僕はかっちりとした性格だから、遊びに行く時は9時きっかりに孝太ん家に呼びに行く。 「慎二(しんじ)君、いらっしゃい。いつもごめんなさいね。今、孝太を()かして来るからリビングでお茶飲んで待ってて。」  上品な顔立ちのおばさんは、少し疲れたような、困ったような笑みを浮かべてやさしく僕に語りかける。僕の母さんもああいう風に静かで優しかったらよかったのに。階段を上がるおばさんの息子を呼ぶ声を聴きながら、僕はリビングのドアノブに手をかけた。 「わっ。」  なんだかいつもよりリビングが明るい気がして思わず声を上げてしまった。新しい電球に変えたのだろうか。それか、今日は外が少し(くも)っていたからそう見えただけだろうか。この明るさに慣れてくると、まぶしく見えたのは気のせいだった気もしてくる。 「今呼んだから、もう少しで来ると思う。」 おばさんがいつも通りのにこやかな顔でリビングに入って来た。 「今日はいつもより明るいんですね。」 僕は天井を見上げたまま言った。 「あらそうかしら。」  なんか思っていた反応と違うな。そう思っておばさんの方を見て、僕は少し(あわ)てた。おばさんはほっぺたに手を当てて、ほんの少しだけうつむいている。これは、おばさんが言い辛いことを言おうとする時の癖なのだ。僕は部屋の明るさのことで頭がいっぱいだったものだから、言い方が中途半端になってしまったのがいけなかった。 「まあ、あの子の顔を見れるのなんて、慎二君が来てくれた時くらいだから、少し浮かれていたかもしれないわね。本当に慎二君には感謝しているのよ。この調子で少しずつでも元気になってくれると嬉しいんだけど。」 こういう誤解が嫌だから、特にこの家に来る時は特に表現に気を付けているのに。気になることがあると、すぐにそれで頭がいっぱいになってしまうのは悪い癖だ。目の前におばさんがいなければ地団駄(じだんだ)を踏みたい気分だった。 「そうですね。外に遊びに行くのはあまり抵抗ないみたいなので、来学期からとか、学校にも行ってみようと思えるようになるといいんですけどね。」  孝太は今、学校に行っていない。彼は僕とは違う中学だから何があったのかは分からないが、よほど嫌なことがあったのだろう。入ったばかりだし、中学が合わなかったのだろうかとはじめは思ったけれど、今は違う気がしている。学校で、というより、学校の誰かが嫌なのかもしれない。孝太が不登校になったのは二学期かららしいから、一学期の間ではなくて、夏休みの間に何かがあったのかもしれない。  本人を問い詰めるわけにもいかないので詳しくは知らないし、正直あまり聞いても仕方がないとも思う。孝太に何かしたのも、どうせ僕が知らない奴だし。知らない所で知らない奴にされたことを話されても、孝太の気持ちや、学校に行くのを怖がる気持ちとかをしっかり理解してやれるか分からない。それに、僕が深く聞かないことが、孝太にとっては気が楽なんだろうと何となく感じていた。
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