慎二と孝太

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「おまたせ。」  よどんだ沈黙が広がっていたリビングに()し目がちの孝太が入って来た。入って来たというより、ドアを開けて声をかけたという方が正しいかな。おばさんは、涙をこらえようとしてくしゃくしゃになった笑顔で、孝太に足早(あしばや)に近づく。 「やっぱり孝太は青い服が似合うわね。ハンカチやティッシュは持った?それだけで寒くないかしら。上着を着たら?せめてカイロは持っていきなさい。」 おばさんはせかせかと気を回す。息をつく暇もない様子だ。僕はその様子を見ながら、おばさんはやっぱりおばさんなんだな、と思った。 「これがジェネレーションギャップってやつか。」 僕はぽつりと(つぶや)いたけど、しゃべり続けているおばさんの耳には入っていない。  二人について玄関まで行くと、僕はもう一つのことに気付いてしまった。今日は玄関の明かりが()いていなかったんだ。リビングがいやに明るく思えたのはきっとそのせいだ。のどにつっかえていた物が取れたようにすっきりとした気持ちで、僕らは外に出た。 「さっきの。危なかったよ。」  僕らを見送るおばさんが見えなくなった所で、孝太は笑いを(おさ)えられない様子で言った。すぐには何のことか分からなかったけれど、さっきの僕の言葉が彼には聞こえていたらしい。 「だって、孝太の服は緑色なのに、おばさんは青だと言うんだもの。あれくらいの年齢だと、時々緑を青って言う人がいるって聞いたことがあるし。僕らの年齢でそんなおかしなこと言う人いないから、ジェネレーションギャップだな、って。」 「でも、聞こえてたらまずかったよ。気をつけなきゃ。お母さんは傷つきやすいんだから。」 お前がそれを言うか、とは思ったけれど、今度は口には出さなかった。でも確かに、どうやら今日の僕はいつもより気が抜けているらしいから気を付けなくちゃいけない。 「今日はどこへ行くの?」 そうだった。今日はまだ目的地を教えていなかった。 「動物園だよ。だから今日も電車に乗らなくちゃいけない。孝太ってトカゲとか好きだよね?今日行く所は大きなハ虫類館があるんだ。」 孝太は昔からトカゲやカエルが大好きで、前はしょっちゅう、小さなトカゲを追いかけて迷子になったりしていた。彼は案の定、目をキラキラさせて嬉しそうにしている。 「そういえば昨日、テレビでハ虫類の特集やってて、しっかり予習してきたんだ。」 「それ、僕も見た。イグアナが泳ぐシーンとかすごく格好よかったよね。」
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