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床のひっかき傷は、何かを落とした時に付いたようだが、それも今となっては覚えていない。
新築で入ったこの物件も、随分と味がでてきた。
築年数と共に、菫も年をとりおばさんと呼ばれる年齢だ。
「あーあ。昔の予定だと、三十二歳で子供二人産んでいて、幸せな家庭を築いているはずだったのに……。まさかの独身で実家に帰還か。何で、この年で実家に戻ることになるのよ。これも全部、あのクソ親父のせいだ」
ぶつぶつと悪態をつき、菫はごしごしと床に八つ当たりをしながら雑巾を動かす。
二度と実家に帰る気はなかった菫に転機が訪れたのは、二週間前。
――父親が脳卒中で突然死んだことから始まった。
「さてと、あとは管理会社にお任せして……帰るか」
もう一度、部屋全体を確認すると、菫は雑巾を洗うことなくゴミ袋に入れてバケツを洗う。鍵を閉めると、管理会社に言われた通りドアについている郵便受けに鍵を放り投げた。
退去の立ち合いが出来ないため、後は管理会社に丸投げした。この後、すぐに電車に乗り込み実家へ帰還する菫に、時間は待ってくれない。
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