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「こんにちは」
再び彼女は笑みを浮かべていった。女性にしてはやや低めの声だが、男のような固さはなく柔らかい声だった。絵本の朗読に向いてそうだ。胸がドキドキする。発作の時とは違う気がする。
──これは、なんだ?
「……こんにちは」
絞り出すように言うとふふっと彼女は笑って、器用にハンドルを引いてさらに近づいてきた。
彼女の車椅子は僕のシンプルなものとは違って電動だった。
「君、高校生?」
突然の質問に面食らいながらうなずく。
「……はい。高二です」
「嘘! 一緒じゃん。良かったぁ。ここ、小さい子が多いから私くらいの人あんまり居ないんだよね。隣の病室に入院してた一個下の子が退院しちゃって全然話し合う人居なくてー。さっき君見たとき、『お!』って思って声掛けちゃった」
彼女はよく話した。
でも、不思議と煩わしさは一切感じない、そんな話し方だ。
「ねぇ君、名前は?」
「矢澤律です」
「律か!」
初めから呼び捨て驚いたけど、独りの僕にはその距離感は嫌ではなかった。
調子に乗って僕も聞いた。
「お名前は?」
「私? ───だよ。でも名前嫌いだから呼んで欲しくないな」
「へぇ」
なんで嫌いなのだろう。
そう思ったがあまり深入りはしない方がいいだろうと勝手に判断した。
「ね、病室何号室?」
「805です。あなたは?」
「まじ!? 私804。隣じゃん」
「わ! 本当ですね!」
「同じ歳なんだからさ、タメで行こうよ」
「分かりま───じゃなかった、分かった」
彼女は同じ年のはずなのに、なぜか年上に感じてしまった。
「よろしい」
彼女は腕組みをしてニヤッと笑った。
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