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鳩時計が三回鳴った。秋の柔らかな陽が無機質で消毒液の匂いが漂う真っ白な部屋に差し込んでいる。
沈黙を遮るように担当医が座っている椅子の背がキィと軽く軋んだ。そして、医師がパソコンから目を離して僕の瞳を見据えた。眼鏡越しの目は決意すら感じさせ、口元は引き締まっていたが、やがて深く息を吐いた。
「律くん……矢澤律くんの余命は……」
母さんが俯いて硬くハンカチを握った。肩がギュッと窄まる。
「──半年です」
陰鬱な呟きと共に母さんが泣き崩れた。
「嘘……でしょ……律……」
僕はそれを他人事のように眺めていた。
余命を宣告されたのは自分なのに、遠い映画の世界を眺めている気分だった。
──近いうちに死ぬっていうのは、皮肉にもある程度予想していた。
高一の冬、体育の授業中倒れたのはなんとなく覚えている。
意識を取り戻したときは驚いた。口元を酸素マスクが覆い、母さんは泣き崩れ、無機質な電子音が一定のリズムを刻んでいた。
それだけだったら、まだマシだった。ちょっと気を失っただけ──そう、信じることが出来た。
でも、僕の場合胸元が何もしなくても痛かった。
頭を上げて見ると、そこには鋭い一本の線がついていた。その線は微かに赤い。引っ掻き傷のようだった。そして身体からはチューブ───後でカテーテルと分かった──が飛び出ていた。
それが血だとぼんやりした頭で認識した後なぜ傷ができているのかが分からなかった。いくら周りに聞いても曖昧に微笑むだけで教えてくれなかった。
訳のわからない副作用、突然苦しくなる呼吸に苦しみ続ける毎日。
“地獄”以外の言葉が見当たらない。
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