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どっちが子供なんだ、とため息をついた。
「いいから教えてください」
医師が躊躇いながら口を開いた。
彼の台詞は静かな部屋によく響いた。
「律くんは……拡張型心筋症です」
ショックは無かった。
ネットで調べた通りのことだったから。
「ありがとうございます」
予想通りと言う事実が脳に浸透する前に僕はキャスター付きの丸椅子から立ち上がった。
その反動でタイヤがコロコロと床の上を滑っていった。
「律どこ行くの?」
母さんも立ち上がった。
僕の腕にすがってくる。僕はその腕を振り払った。
そこまで力は入れていないのに小柄な母さんは足元をふらつかせた。
「病室に戻るだけ。脱走とか、自殺とか考えてないから」
バンとドアを閉めると待合室で絵本を読んでいたニット帽の少年が驚いたように顔を上げた。
ドアに背を預けると微かに声が聞こえた。
「今はそっとしておいた方が……」
僕はずるずると落ちそうになる背中を支えて、ゆっくり背筋を伸ばした。足が生まれたての小鹿のように震えている。
少年は絵本に意識を取り戻していた。
ファンタジックな青空が広がっている待合室。ゆっくりドアが開きっぱなしの出入り口へ向かった。その付近にある風船を持って浮いている少女に絵を軽く拳で殴ると、近くで寝ていた赤ん坊が「ん……んん……」と声を洩らしながら目を開けて泣き出した。
慌ててそばから去っていき、僕の病室がある病棟へ足を進めた。
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