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未だに肌寒い廊下を、給食のトレーを持って歩く。
今日の献立のきなこ揚げパンは、ここでは、きなこが風に飛ばされるのを注意しなくてはいけないからやっかいだ。
そのせいで歩くのが慎重になったこともあって、英雄のポロネーズが流れたのは、ちょうど、相談室のドアの前に着いた時だった。
12時35分と、時刻が告げられるのを聞きながらトレーを片手に持ち帰ると、脇に挟んでいたプリントが落ちそうになる。
教室で絵里から渡されたプリントには、新入生入部コンサートのお知らせが記されている。
今年の入部生は歴代で1番多く、一年生が全員出演するこのコンサートは、賑やかになると絵里が話していたことは、伝えるべきだろうか。
結局、あれから千代李が部活に来ることはなく、絵里もそれ以来、彼女を誘うことも、私に誘うように頼むこともなかった。
あの時、言えないことは色々あると、千代李は話した。
受験勉強が忙しいことや、絵里と喧嘩をして気まずいことの他にも、部活に行かない理由は、たくさんあるのかも知れないし、それは、きっと教室に来なくなった理由も同じだ。
彼女が教室に顔を出すこともなく3週間がすぎて、クラスでは空席の席が当たり前になっている。
もう、千代李は教室に戻らないかも知れない。
彼女の給食を運ぶこともすっかり日常となった私は、そう確信している。
けれど、もしも彼女が戻ってきたら、私は千代李の色々なことに気がついてあげられるだろうか、話してもらえるくらい、頼れる友達になれるだろうか。
私には、彼女の「色々」を助けるために必要なことが全部、出来るだろうか。
トレーを不安定な片手で支えながら、私はドアをノックした。
彼女が出てくるまでの間、ポケットの中にしのばせた折り紙の手紙を用意する。
今日のメッセージは「明日は雨だって、さいあく」と当たり障りないものだ。
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