ゴッドファーザーはコメディ?

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…高雄はヤクザ?…  …やっぱり、高雄はヤクザなのか?…  私は、動揺した…  みっともないほど、動揺した…  あんな、おとなしそうで、真面目な高雄がヤクザだなんて…  驚いた…  ホントに、驚いた…  世の中、なにがあるか、わかったものじゃない…  私は考える。  そんな私を見て、林が、  「…竹下さん…どうしたの?…」  「…どうしたもなにも、高雄がヤクザなんて…」  私は息せき切って、言った…  「…おかしな…竹下さん…」  林が、笑った…  「…最初に、高雄さんが、ヤクザの息子だと聞いたときは、少しも驚かなかったくせに…」  林が指摘する。  …言われてみれば、その通り…  …その通りだ…  さっき林に指摘されたときは、驚かなかった…  それは、自分でいうのも、なんだが、以前、高雄の身元をネットで調べたときに、高雄総業がヒットして、それが、有名なヤクザであることを知っていたから…  だから、驚きはなかった…  なんとなく、気付いていたというのが、正しいというか…  それに、高雄から渡された、電話番号に電話して、  「…ハイ…こちら、高雄組です…」  と、いかにも、その筋のひとのだみ声が、電話口から聞こえてきたこともあった…  しかし、それが、やはりというか、林から、高雄の正体を聞かされて、最初こそ、以前から、薄々気付いていたから、さして、動揺はなかったが、次第に、やはり、大変なことだと、気付いた…  この平凡で、ヤンキーが大の苦手な竹下クミが、そんな大物のヤクザの息子と接していたなんて…  ありえないというか、信じられない出来事だった…  時間が経って、徐々に、その重要性に気付いたというのが、真相だった…  「…あの高雄さんが、ヤクザだなんて…」  ポツリと、私は呟く。  「…あんなに、真面目で、爽やかな高雄さんが、ヤクザだなんて…」  私は、言いながら、ガッカリした…  落ち込んだ…  同時に、やはり、杉崎実業の内定は、辞退しようと、思った…  いくら、他社から内定をもらえないとしても、ヤクザ関連の会社に勤めるのは、堪ったものではないからだ…  内心、そう決意したときだった…  「…高雄さんは、ヤクザじゃないわ…」  意外なことを、林が言った…  …ヤクザじゃない?…  …どういうことだ?…  私は、ビックリして、林を見た…  「…高雄さんは、ヤクザじゃないって、どういうこと?…」  「…ヤクザは、あくまで、高雄さんのお父様…高雄さんは、ヤクザじゃない…」  「…ヤクザじゃない? でも、だったら、どうして、専務なんですか?…」  「…それは、高雄さんのお父様の作った会社の重役をしているだけ…高雄さんは、ヤクザじゃない…」  「…ヤクザじゃない…」  私は、言いながら、少しホッとした…  高雄は好きだ…  あの優しそうなルックス…  あの爽やかな外観…  憧れる…  そんな高雄が、ヤクザじゃないって、わかったことで、少しばかり、ホッとした…  「…高雄さんは、おそらく、さっきも言ったように、将来的に、お父様の会社を正業にしたいのだと思う…」  「…正業って?…」  「…ヤクザじゃない、キチンとした堅気の会社…それを狙ってるのだと思う…」  「…どうして、そんなことがわかるんですか?…」  「…調べたからよ…」  「…調べた?…」  「…さっきも言ったように、高雄さんのことも、あの杉崎実業の内定者もことも…」  意味深に林が言う。  私は、黙って、林を見た…  そして、林の父親を見た…  それから、考えた…  どこまで、本当のことを言っているのか、考えた…  何度も言うように、私は思慮が浅い…  だから、今も、林の言っていることを、鵜呑みにする危険がある…  仮に林が、私にウソをつき、騙そうとしている可能性があるとする…  思慮の浅い私は、簡単にそれに騙されかねない…  私は、考えた…  まるで、3歳児かなにかを騙すように、この竹下クミは、林にとって、簡単に騙せる相手なのかもしれないと、思った…  そして、言った…  話を変えようとしたのだ…  「…さっき、ゴッドファーザーが、どうとかこうとか言ったけど…」  「…ゴッドファーザーが、どうしたの?…」  「…ゴッドファーザーって、なんだ?…」  私は言った。  林が、私の言葉に驚いた。  私によく似た顔が、驚きに変わった…  まるで、テレビや映画で見るように、わざとらしいまでに驚いた顔になった…  そんな、わざとらしいまでに、驚いた顔を間近で見たのは、初めてだった…  「…ゴッドファーザーを知らないの?…」  林が、いきなり、素っ頓狂な声を上げた。  「…知らない…」  私は、小さく答えた。  本当ならば、もっと、堂々と、大きな声で、言いたかったが、さすがに、この雰囲気では、言えなかった…  「…まさか、ゴッドファーザーを知らないなんて…」  林は、一転して、当惑した表情になった…  「…それは、なに?…」  私は訊いた。  「…映画よ…」  林が答える。  「…映画?…」  「…アメリカで、マフィアのことを描いた映画?…」  「…マフィア? …マフィアって、なんだ?…」  私は、聞いた。  事実、私は、マフィアって、言葉は、これまで、聞いたことがなかった…  「…マリファナかなにかか? それなら聞いたことがある…」  私の言葉に、目の前の林が、まるで、発狂しそうな表情になった…  今すぐ、頭を抱えんばかりの苦悩の表情になった…  他人のそんな表情を、間近で見たのも、初めてだった…  娘のそんな姿を見かねたのか、林の父親が、  「…お嬢さん…マフィアというのは、日本のヤクザのようなものです…」  「…ヤクザのようなもの?…」  「…日本では、暴力団は、ヤクザと呼びますが、アメリカでは、当然そうではない…違う呼称と言うか、違う呼び名です…」  林の父親が、優しく穏やかな口調で、丁寧に説明する。  別の言い方をすれば、優しく子供に諭すようだった…  「…それで、そのゴッドファーザーが、どうかしたんですか?…」  「…その映画が、昔、大ヒットして、いくつもシリーズが作られました…ちょうど、今でいえば、名探偵コナンですね…実写とアニメの違いはありますが…」  と、これも、林の父親が、穏やかに説明した。  「…そのゴッドファーザーは今も言ったように、日本で言えば、ヤクザの物語なんです…ですが、そのゴッドファーザーのシリーズの最後で、主人公は、ヤクザを辞めて、日本で言えば、堅気の仕事に就こうとするんです…これは、主人公がヤクザを辞めて、堅気につくという話ではなく、要するに、組織全体で、ヤクザを辞めて、暴力団ではなく、真っ当な堅気の会社として、生まれ変わることを目指したわけです…」  林の父親が、仰天の言葉を言った。  なぜ、仰天の言葉かと言うと、林の父親が言った言葉は、到底現実にできることとは、思えないからだ…  私は、  「…それは、コメディかなにかですか?…」  と、つい、言ってしまった。  「…いえ、コメディではありません…」  林の父親が、真顔で、返した。  「…でも、そんなこと、できるわけ…」  私はつい口を滑らせた。  …できるわけがない…  …この前まで、暴力団…ヤクザだった組織が、真っ当な堅気の会社に生まれ変われるわけがない…  私は、思った…  「…お嬢さんが、おっしゃることは、正しいというか、当たり前です…」  林の父親が言った…  「…ただ、やはりイマドキのお嬢さんだ…コメディと言うとは…」  林の父親が苦笑する。  それから、一転して、  「…たしかに、コメディと言われれば、コメディかもしれない…誰もが、考えもしないことだ…ヤクザが生まれ変わって、正業に就く…それ自体は、目新しいものでもなんでもないが、いわゆる昨日まで暴力団だった組織が、簡単に、例えば、建設会社や、運送会社に衣替えできるわけがない…」  林の父親が言った。  「…でも、それを高雄さんは、目指しているわけ…」  林が、口を挟んだ…  「…ウソ?…」  私は、これもつい言ってしまった…  「…ホント…」  林が短く答える。  「…それって、本気?…」  と、私。  「…もちろんよ…」  林が言った。  私は、林の顔を見た。  私によく似た、林の顔を見た。  林は、本気だった…  本気で、言っていた…  私は、頭がおかしいのでは? と、思った…  そんなこと、できるわけがない…  そんなことを、本気でできるなんて、考えるのは、頭がおかしいに違いない…  頭がどうかしているに、違いない…  私は、思った。  ということは、やはり、あの高雄と私は距離を置くべきか?  やはり、自然と、話は、そこにいった…  そんな、できもしないことを、本気で考える人間と、付き合うわけには、いかないからだ…  まして、結婚するかもしれない…  私を含めた五人の女の中の一人と結婚すると、断言した高雄…  つまりは、私、竹下クミも高雄と結婚する可能性が、五分の一あるということだ…  だが、そんな頭のおかしな人間とは、さっさと距離を置くに限る…  いかに、爽やかで、性格が良く、ルックスもいい高雄でも、これ以上、付き合うわけには、いかない…  付き合うわけには、いかないのだ…  私は、頭の中で、繰り返した。  そんな私の心の内を知ってか、知らずか、  「…高雄さんは、高雄組を、すべて、衣替えして、正業にしたいわけじゃないと思う…」  と、林が、口を出した。  …なに?…  …どういうことだ?…  私は、慌てて、林を見た…  「…高雄さんは、おそらく、ベンチャー企業を目指してるんだと思う…」  「…ベンチャー企業? …どういうこと?…」  「…つまりは、お父様からの資金の提供を受けて、会社を作る…それを、高雄組の事業の一環というよりは、高雄悠個人の設立した会社という立ち位置で、あくまで、会社は、高雄さんの個人事業というか…」  「…」  「…要するに、高雄さんにとって、父親は、スポンサーに過ぎないということ…」  林が、断言する…  …なるほど、辻褄は合う…  私は、思った…  たしかに、いわゆる暴力団=ヤクザが、衣替えして、正業に就く…  つい昨日まで、高雄組と呼ばれたヤクザが、今日からは、全員が、高雄建設や高雄運送ですと、名乗れるほど、世の中は甘くないというか…  だから、そんなことは、無理筋というよりも、ありえない選択…  映画や、テレビ、漫画の中では、あっても、現実には、ありえない物語だ…  そんなことは、この竹下クミにも、わかる…  このとろい、竹下クミにもわかる…  だから、ゴッドファーザーが、堅気になろうとするのは、コメディなのだ…  画面では、いかに、重厚で、重々しく、見せようと、やってることは、まるで、バカ殿だ…  そんなことは、一歩引いてみれば、誰にもわかることだ…  それは、現実ではなく、架空の物語に過ぎない…  ありえない話を、重々しく見せることで、いかにも、本当のことのように、見せているだけだ…  世の中には、できることと、できないことがある…  今も林が言った、高雄組全員が、堅気になって、高雄建設や高雄運送を名乗ることは、できないこと…  しかしながら、高雄が、資金力のある、実の父親から、金を借りて、自分の会社を立ち上げて、独り立ちすることは、それほど荒唐無稽のことではない…  それは、できることだからだ…  ただし、いずれ、遅かれ早かれ、高雄組との繋がりは、世間にバレる…  そのとき、高雄はどうするのだろうか? ということだ…  私は思った。  考えた…                 <続く>
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