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Ⅱ
あの夜、私のいきなりの言葉にダチくんは凄くあわてていた。
「どうじで?俺はアミちゃんのことが大好きなのに?アミりゃん他に好きな人できたの?」
舌を噛みながらベッドの上に正座したダチくんに、なんて答えていいかわからなかった。もちろんそうじゃない。でもやっぱり30歳って節目な気がする。それにダチくんがこんなよくわからない生活をしているのは、私のせいじゃないかって気がした。
ダチくんが一生懸命生きることを止めてしまったのは、そうしなくても生きていける現状のせいじゃないかと思った。
私はその世界をよく知らないし、今の小学生のなりたい職業に『ユーチューバー』が入っていることは知っているけど。26歳のダチくんが本当になりたい職業なのか疑問だった。
『ユーチューバーになろうかなあ』ってあの言葉を聞いたときに感じた気持ちは、なんとなく呆れたのと、そんなことを考えさせたのは私のせいかもしれないということ。
私と一緒にいることでダチくんがダメになりそうな気がした。
もちろん、ユーチューバーって仕事で大成功してる人もいるし、子どもも憧れる素敵な職業なのかもしれない。でもあのときのダチくんからはそういうひたむきさみたいなものも感じなかった。逃げてるだけみたいに見えた。ダチくんのひたむきさを奪ってしまったのは私なのかもしれないと思った。
++
「被害妄想だよ」
久しぶりに食事に行った同期のチサトは、私の話を聞いてそう言って笑ったけれど
「でも26歳でユーチューバー宣言されたら引くね。私たち、もう大台だしね」
そう言ってキュッと唇を結んだ。
ダチくんとは別れるっていうのは取り消して、しばらく距離を置くということになっている。私と暮らすようになってからも、ダチくんは自分の部屋を解約していなかったらしい。もったいないことするなと思ったけれど、それもダチくんなんだろう。電子レンジも買えないはずだ。でもそんなところが嫌なわけじゃない。
距離を取ると言った翌日、ダチくんにはとりあえず私の部屋を出て行ってもらった。荷物は置いていてもいいし、それを取りに来るために合い鍵も持っていていいけど、それは私が仕事でいない間にしてと頼んである。
「わかった。でも別れたくない」
そう言ったダチくんがなんとなくかわいそうに思えたのは事実だ。でもやっぱりこれからもずっと一緒に生きていける自信がなかった。ダチくんとの未来に何があるのかイメージできなかった。
「やっぱり未来のこと考えさせてくれる相手じゃないとダメだよ。この歳なんだから」
4月になってすぐに30歳になったチサトの言葉は重い。
「はい先輩、参考にします」
そう言うと
「同期!」
と怒ったみたいに返してくる。
二人で笑っていたときに、
「あれ、アミちゃん」
そう声をかけてきたのは、厚木さんだった。
「俺とのデートは断るくせに。あー、受付の野村千里さん!」
さすがにキャッチが早い。
「こんばんは、厚木リーダー」
チサトもすましてにこりと笑った。
「社食はなしな」
厚木さんはそう言って私たちのテーブルの伝票を持って行った。
厚木さんの後ろ姿を見送ったチサトが、
「厚木リーダーにしなよ。あの人絶対アミのこと好きだよ!」
なんだか興奮気味に言う。
「違うよ、美人の受付嬢がいたからだよ」
「バッカじゃない?私は秋に結婚しますわな、厚木リーダーの同期の金城と」
そうでしたね、チサトは決まってるんでしたね、生涯のパートナー。
「チサト、そう言えばどうして金城さんと結婚しようって決めたの?」
チサトがちょっと頬を赤らめる。
「なんかね応援したくなったんだ。誰にも負けたことのなかった金城が、厚木さんに先にリーダーになられて落ち込んだところ見たときに。だから私から結婚しようかって言ってあげた、厚木さんより先にってね」
えっ?チサトからプロポーズしたのか。素敵だね。
私はダチくんにプロポーズしたいと思ったかな。ダチくんの一生懸命を見ていたいとは思ったけれど。
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