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Ⅲ
一人で誕生日を迎えるのは淋しいなと思っていた誕生日イブ。久しぶりにダチくんからのメールが届いた。
本当は待っていたと思う。だから明日なんの予定も入れなかったんだろう。
メールには、明日、あるカフェに来てほしいとそれだけだった。
私の中で何も問題は解決していないけれど、私はダチくんに会いたい。自分のその気持ちは今ならはっきりとわかる。
++
約束のカフェは小さな店だったけれど満員。キョロキョロしていたら、入り口正面の席が空いた。そこに座って珈琲を頼む。
ダチくんはまだ来ていない。この席なら入ってくるダチくんの目の前だ。周りの席にはカップルもいる、楽しそうに話している姿が羨ましい。
仕事が休みの日はよく二人で出かけたなあ、ダチくんがプランしてくれた海やハイキング。ひーひー言いながら登った山で湖を見たときは登山で疲れた分、気持ちよかった。
思い出の中にいた時、珈琲が運ばれてきた。ふとソーサーを見るとスプーンの上に紙がある。何か書いてある、URL?
私は珈琲を飲まずに、スマホを出してそこにあるURLを入れた。バッグからイヤフォンを出してつけている間にユーチューブ?のチャンネルが表示される。
〈DACHI-CHAN〉?
三角のマークに触れた。
『ヒーハーヒーハー』って声?走ってる息遣い? 始まった映像には土の道が映る。頭につけたカメラだろう、見てるだけで酔いそうに揺れる画面は山道。両サイドには若葉を纏った樹々。
そしていきなり視界が開けたら、あの湖。
しばらく何もない湖を映したあと場面が変わった。
波の音がしている浜を誰かが走ってくる。小さな影がどんどん大きくなってくる、ダチくん・・・。
スマホの画面の中を走っていたダチくんは、カメラの前を通りすぎて後姿がどんどん小さくなっていく。
そしてまた場面が変わった。クラクションの音が聞こえる。
イヤフォンからなのか、開け放されたこの店の前の道路からなのかわからない。でも道沿いの歩道を走っている映像はダチくん。
人混みの中を踊るようにすり抜けながらスマホの中のダチくんは走っている。走るダチくんを誰かが前から撮影してるんだね、今度は映像も揺れていない。
なんなんだろうって思うのが普通かもしれない。でも私はずっと『会いたかったよ、元気そうでよかった』そう思っている。走っているダチくんを見ていると涙が滲んできた。
そのとき、手拍子?誰かが手拍子をしている。タンタタ・タン、そんな手拍子が増えて、綺麗にひとつに重なっている。イヤフォンのボリュームを下げたけれど大きさは変わらない。
これは現実?カフェの中?現実の世界の人たちが私の周りで手拍子をしている。顔をあげてその様子を見たときに気づいた。これは企画。
私はスマホの中の走っているダチくんから、視界を現実のカフェの入口に移した。たくさんの手拍子を受けながら。
そのとき
キキーキー、ドン
鈍い音がして歩道を歩いていた人が立ち止まる。
店内の手拍子が止まる。お客さんたちが立ち上がって外を見ている。
私はバッグも持たずに店を飛び出した。
ダチくん!・・・
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