むうびい

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 えー、そんなひどい。それって、せんせの「かれしさん」って人? (……そうだね。先生は彼氏さんだと思っていたんだけどね。でも、クマさんを持って行ってしまった人は、先生のことをそんなに好きじゃなかったみたいなんだよね)  せんせ、せんせ、泣かないで。ぼくのクマちゃん、代わりに貸してあげる。だからお願いだから泣かないで。 (ありがとう、龍太郎くん。じゃあ今だけ、このクマちゃん、先生のクマちゃんだと思ってもいいかな)  もちろんだよ。ぼく、そのクマちゃん大好きだけど……だけどせんせがそんなに悲しむんだったら、ぼく、クマちゃんをせんせにプレゼントしてあげるよ。そうしたらせんせももう、そんなに泣かなくてもいいんでしょう。 (プレゼント、プレゼントかあ。嬉しいなあ。でも、どうせもらうんだったら、先生、もっと別の……もっと大きなもふもふの方がいいなあ)  別の? ぼく、このクマちゃんより大きなもふもふのぬいぐるみなんて持っていないよ。 (ううん、ぬいぐるみじゃないの。あのね、先生ぐらいの大人になるとね。犬や猫やクマやウサギや……そんな可愛い動物たちと同じぐらい、龍太郎くんみたいな年の子供って、もふもふで柔らかく見えるんだよ。だから、ちょっとだけ、頭、なでなでしてもいいかな)  うん、いいよ。でも、せんせ、変なの。もも組じゃいつだって、頭よしよししてくれているのに。 (確かにね。でも幼稚園じゃ、龍太郎くんはもも組のお子さんの中の一人の龍太郎くんだから。こうやって二人でこっそり公園まで来ているんだから、今日の龍太郎くんは先生にとっても特別なもふもふのお子さんなんだよ)  わあ、せんせ。そんな髪の毛ぐしゃぐしゃにしないでよお。ぼく、クマちゃんでもぬいぐるみでもないんだよ。 (そうかなあ。先生にとっちゃ、龍太郎くんはあたしのところから持って行かれちゃったクマのぬいぐるみみたいなものだよ。あたしの好きな人はね。結局のところ、あたしよりも温かくて柔らかい、生きたもふもふの方が大好きだったの。だからあたしの大切にしていたもふもふをあたしから取り上げて、自分の大切なもふもふにあげてしまったのよ)  せんせ……? (ああ、心配しないで、龍太郎くん。大丈夫。あなたのパパが、龍太郎くんをどれだけ可愛がっているのは、あたしだってよく分かっているんだから。でもね、あたしからは大切なもふもふはもう取り上げられてしまったの。だからあの人が大切にしているもふもふをあたしが預からせてもらうぐらい、別にいいでしょう? ……龍太郎くん、このクマちゃんをそこのシートに置いてくれるかな)  う、うん。これでいいのかな。 (そう、えらいえらい。じゃあ最後にもう一度、こっちのカメラを見て、メッセージを残そうか。しばらくみのり先生とお出かけするけど心配しないで、って言ってあげると、ママはきっと安心すると思うわよ)  ママだけ? パパは? (大丈夫よ。龍太郎くんのパパさんはあたしの元からクマさんを持って行き、あたしは代わりのもふもふをもらうことにするの。だからパパさんとあたしはお互いさまだから、別に龍太郎くんが何も言わなくたって、心配しないわよ)  う、うん……えーと、じゃあ、ママ、ぼく、みのりせんせがどこかに連れて行ってくれるみたいだから、一緒にお出かけしてくるね。  代わりにクマちゃんを置いていくから、ぼくだと思って可愛がってね。 (はーい、龍太郎くん、よく言えました。じゃあ、そろそろ行こうね。とりあえずはあたしのマンションかなあ。大丈夫だよ、龍太郎くんのパパも幾度も来たところだから、全然怖くないよ。ただ、あそこじゃすぐに見つかっちゃうから、早めに次の行き先を決めなきゃねえ) (花柄のシートに置かれたクマのぬいぐるみが、ゆっくりと倒れる。一瞬の後、砂嵐――)
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