第一話 羽鳥望と麹町時也

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第一話 羽鳥望と麹町時也

 太陽が真上で燦然(さんぜん)と輝く昼休み。私はクラス委員長の羽鳥(はとり)(のぞむ)に呼び出された。 「お前のことが気になって仕方がない。……俺は悪い病にでもかかってしまったのだろうか」  黒い細フレームの眼鏡の向こう側で、瞳が切なく歪んだ。  ――そんな顔して見つめないで。拒否しなくてはいけないのに、思わず受け入れてしまいそう。  この告白は、絶対に受け入れてはいけない。なぜなら、ここで受け入れると<羽鳥望の束縛ルート>に入ってしまうのだ。  幸か不幸か、高校入学後しばらくして、私は前世を思い出した。前の世界も、少しずつ進歩する科学を(いだ)いた世界で、今の世界と大きな差を感じることはない。だからたった一つのことを除いて、私は前世の記憶をすんなりと受け入れられたのだ。  たった一つ――この世界が学園もの恋愛ゲーム『君は僕のたったひとつのタカラモノ』に沿った世界であり、私がそのヒロインの立場に立たされているということ以外は。  通称『君はタカラモノ』。宝物ではなくタカラモノ。察しの良い人ならこのタイトルから予想できるかもしれないが、このゲームはヤンデレものである。  宝印(ほういん)学園という高校を舞台に、ヒロインがクラスメイトや先輩・後輩たちとラブを深めていくストーリー。  単純にラブだけを深めていれば良いものを、なぜかヒロインと攻略ルートキャラ以外との間で起こるラッキースケベや言い訳しがたいアクシデントのせいで、泥沼の展開になっていくのだ。  前世でゲームをしていた時には、「はぁん、また望くんに嫉妬されちゃった。大丈夫、私だったら望くんの連絡先だけあれば他の誰とも連絡しなくて良い!」と、画面に向かって言えたものだけど……現実に直面して我に返った。現実的には無理すぎる。  浮気(誤解)が望にバレた時、彼は低い声でこう言った。 「スマホ出して」  ここで選択肢が出て、素直に渡すか抵抗するかを選べる。  素直に渡すとスマホの電話帳から、家族以外の友人知人の情報が削除される。それを見た時の私の台詞が上記のものだ。  この流れでもすでに少しばかり危ういのに、もう一つの選択肢の方はもっとすごい。電話帳削除でドン引きしたタイプの人は、絶対のもう片方の選択肢を選んではいけないと思う。好奇心でもやめておいた方が良い、と忠告したい。  抵抗すると、まず首を絞められる。苦痛にあえぐヒロインが必死に助けを乞うのを、望は「君が素直じゃないから悪いんだ」と吐き捨て手を緩めない。その後ヒロインは気を失ってしまい、次に意識を取り戻した時には暗い部屋に鎖で繋がれている、という状況だ。 「もうスマホは要らないよね」  と、優しく笑う望の姿が目に入る。  前世の私は「きゃあ。要らなーい。望くんさえいれば、良いもーん」と上機嫌だった。  どう考えても今まで生きてきた中で一番スマホが必要な状況だろう。が、前世の私はそんな風には思わない。なぜなら――。  現実(リアル)非現実(ゲーム)の区別がついていたから。  ゲームの中でどんなに苦しめられても、現実の肉体は痛まない。だから平気。  けど今、ゲームの設定が現実になってしまった。  ヤンデレくん達の行為に「嫉妬されちゃったぁ!」なんて歓喜の声を上げられるはずもない。  だから私は全力でストーリーから逃げる! そう誓った!  望の期待するような視線が申し訳ない。けれど私は心を鬼にして、告げた。 「委員長(・・・)のことそんな風に見られない。期待させてごめんね」 「……っ」  委員長なんて、入学式当日に仲良くなって以降呼んだことがない。でもたぶん、気安く名前で呼ぶよりもこっちの方が拒絶が伝わるはずだ。 「な、なんでそんな呼び方するんだ! 今まで仲良くやってきたのはなんだったんだ!」  興奮した望に腕を掴まれ、激しく詰め寄られた。胸が、痛い。  もしも前世の記憶がなければ、私はこの告白を受け入れたんだろうな。それくらい私と望は親しかったのだ。 「委員長、その辺にしといたら~? 振られたのに(すが)りつくってみっともないんじゃない?」  軽薄な声が頭上から降ってきた。  声のした方に目を向けると、白いシャツをラフに着こなした男子生徒が二階の窓から顔を覗かせていた。 「女の子に無理やり気持ち押し付けるなんてスマートじゃないよ。ね、真里菜(まりな)ちゃん」  出た。フェミニスト必携技(ひっけいぎ)・ウィンク。  肩まで伸びた茶髪を後ろで一つに結び、いかにも女慣れしている雰囲気を(まと)っているのは、宝印学園理事長の愛息子である麹町(こうじまち)時也(ときや)だ。私のクラスメイトでもある。 「真里菜に気安く話しかけるな」 「おっと、今まで襲う側だったのに、いきなりナイト気どりなわけ? ……ットウ!」  窓枠を飛び越え、時也は校舎裏に降りてきた。 「いってー、上履きでやるんじゃなかったー!」 「頭が軽い貴様のことだ、足へのダメージも少ないだろう」 「ひっどーい、別に頭軽くないし。オレ、委員長と大して成績変わんないんだけど~。……あ、でも尻の分は軽いかもな~。ハッハッハー」  この理事長の息子という立場を忘れさせる言動はすごいと思う。……褒めてはいない。  時也は整った顔立ちと人懐っこい性格で女性を虜にするタイプなのだが、実は彼、攻略キャラではない。攻略キャラクターの嫉妬心を煽るために存在するだけの当て馬キャラに位置づけされている。  まぁ当て馬と言っても、間違ってヒロインにシャワー中の姿を覗かれてしまったり、ヒロインを守るためにヒロインに床ドンしたりするスチルが存在するため、多くのユーザーを虜にしていたのも事実だ。  私もシャワースチルを見た時、「なんで横向きなの、正面来い! あぁ……誰か、湯気に暇を出せ!」とぼやいたものだ。 「貴様と話すと頭が痛くなる」 「そっか。それ、親父も言ってた~」  足はもう大丈夫なのだろうか。  時也は人並み以上の長い脚をゆっくりと動かして、私のところへと寄ってくる。 「オレが来たからにはもう大丈夫。真里菜ちゃんを守って見せるよ。ねぇ委員長、さっきみたいに真里菜ちゃんに無理強いするつもりなら、オレが相手になるけど?」  出来立てのわたあめみたいに温かくて柔らかい雰囲気だったのに、それが豹変した。刃物のような鋭さと硬質さを連想させる光が時也の瞳には浮かんでいる。 「何も、無理強いなんてしていない」  流石は乙女ゲームの攻略キャラ。時也の表情に怯んだ私とは違い、望はいつもと変わらないトーンで受け流した。 「そう? ならそういうことにしといてあげるよ。じゃあ昼休みもそろそろ終わるし、三人で教室に戻ろうか」 「なんで貴様までついて来るんだ」 「やだなー、オレ同じクラス。忘れちゃやーよ、委員長」  直後に予鈴がなり、望も反論を収めた。三人そろって教室へと向かう。  良かった。これでひとまず<羽鳥望の束縛ルート>突入は回避できた。  けれど、私の戦いはまだまだこれからだ。
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