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休日の昼間の公園には、子ども連れの親達が多く来ている。佳乃はベンチに座り、3歳ぐらいの男の子が友達を追いかけて走り回るのを微笑ましく見つめていた。
翔太と佳乃の間には子どもが産まれなかった。いや、正確に言うと、翔太が子どもを望まなかった。仕事人間の翔太にとって子育ては、日々のタスクを増やすだけの無用の労力としか思えなかった。幾ら子どもを欲しがってもまるで取り合ってくれない翔太に、佳乃はただ諦めるより他は無かった。
「可愛いな」
隣で呟いた元夫に驚いて佳乃は翔太の方を振り向く。
「ウチも子ども、作っとけばよかったな」
今更何を、と刹那思った佳乃だったが、他人の子ども達に向ける翔太の余りに真剣な眼差しに何も言えなかった。
「そうだね」
種々の意を込めた佳乃の返事に翔太は何も応えず、眼だけはしっかりと男の子が走っていくのを追っていた。
公園からの帰り道、二人は商店街のパン屋に寄った。銘々に好きなパンをプレートに載せていると、翔太は突然佳乃の肩を叩いた。
「ほら、お前の好きなメロンパン」
佳乃は一瞬何の事か分からず、翔太が指差した先に並んだ黄緑の丸いパンの群れを見つめていたが、すぐに思い出して小さく笑った。翔太と付き合う前にデートでパン屋に寄ったことがあった。その時に話した好きなパンの種類を翔太は覚えていたのだ。何となくメロンパンと言った方が可愛く見えるんじゃないかという思い付きで当時の佳乃は口走っただけだった。
憶えてたんだ。でも、ごめん、あれ、嘘なんだ。
メロンパンの前でニヤつく佳乃の様子に、奇妙なものを見る顔で翔太は首を傾げた。
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