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荷造りがようやく終わりかけた頃、再びノックがして扉の向こうから、夕飯出来たぞ、と翔太の声が聞こえた。
後の作業は明日でいいか。そう思って佳乃がリビングに向かうと、いつも自分が用意するよりずっと豪華な夕餉が並んでいた。
「最後の晩餐だね」
冗談半分で言った佳乃の一言に翔太は苦笑いで返す。
席に着くと二人には珍しく会話が弾んだ。昔の友達と再開したように、少しずつおかずを減らしながら思い出話を語り合った。
「明日行くのか?」
急な質問に一瞬止まった佳乃だったが、
「うん」
と軽く頷くと、翔太もそれ以上何も言わなかった。
そこから何となく口数が減り、二人とも同じタイミングで食べ終えた。制止する翔太を押し切って二人並んで食器を片付ける。
ガチャン。
「あ」
佳乃は洗っていた皿を流しに落として割ってしまった。慌てて片付けようとして、拾った欠片の縁で指を切った。
「いてっ」
「おい、大丈夫か」
食器を拭いていた翔太は佳乃の指を持ちじっと見つめた。
「待ってろ。消毒液取ってくる」
「いいよ、血ぐらいすぐに止まるよ」
「いいから。皿は俺が片付けるから触るなよ」
そう言って救急箱を取りにいく翔太の背中を見送り、佳乃はキッチンで一人ぽつねんとたたずむ。落としてしてまった皿は、記念日に翔太とお揃いで買った皿だった。割れた破片を見ていると佳乃の眼から涙が溢れた。何故だか無性に泣きたくなり涙も拭わず立ち尽くしていた佳乃を帰ってきた翔太は見つけて慌てた。
「大丈夫か。痛むか」
「ううん、違う。違うの」
涙の理由は本人にも上手く説明出来ない。オロオロする翔太を見て佳乃は泣きながら笑った。
「なんだよ。泣いたり笑ったり変なやつだな」
「へへへ」
ソファに移って翔太に消毒とテーピングをしてもらいながら、佳乃は翔太のつむじを見つめる。
「ありがとね」
「いいよ、これくらい」
「そうじゃなくて」
「ん?」
顔を上げた翔太の眼を真っ直ぐに見て佳乃は言う。
「今までありがとう」
「そんな大事なこと」
翔太はフッと笑って応える。
「こんなタイミングで言うなよ」
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