マスカレードの翌朝

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 翌日もよく晴れていた。出発にはこの上ない天気である。  離婚話を始めた時、家をどうするかが論点になった。結局、佳乃が次の家を見つけ次第出ていくことになった。翔太は、 「別に自分のことだけやって家に居てもいいんだぞ」 と提案したが、相手の分の家事もやってしまう自分の姿が想像に難くなかった佳乃は断った。翔太も強く推してはこなかった。 「よし、出来た」  最後のダンボールにガムテープで封をし終えると、部屋の中はがらんどうだった。あとは箱を車に積み込むだけだ。こうして見ると、荷物は思っていたよりずっと少なかった。  翔太が手伝うというので、二人でダンボールをリレー形式で車に載っける。大した数ではなかったが、作業を終えるともうお昼だった。  昨日の食材の残りを適当に炒めて昼飯を摂る。最後だから、と自分で作った野菜炒めを佳乃はゆっくりと味わう。翔太はあっという間に食べ終えた。 「それじゃ」 「もう行くのか。下ろし作業も手伝うぞ」 「ううん、いい。大丈夫」  何となく新居に翔太を入れるのは躊躇われた佳乃は首を横に振った。 「じゃあね」 「じゃあな」  助手席の窓を開けてお互いに別れの挨拶をした。言葉数は少ない。道に出て角を曲がる直前にバックミラーを見ると、まだ翔太はこちらを見ていた。  曲がった後にまた涙が込み上げてきた佳乃は古いCDを流して誤魔化す。懐かしいそのメロディーは二人が会った頃の流行り唄だ。  仮面夫婦だったかといえば、おそらくここ数年はそう言えるだろう。しかし、仮面舞踏会が終わった後、仮面を外した二人は、最後に自分の素顔を晒しあって手を取り踊ったのだ。十年以上連れ添ったとは思えない不器用なワルツだったが、それでもいいのだ。観客は居ない。二人の為だけの踊りだったのだから。
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