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腹ペコ坊主とフリーターのその後。
『今日は煮魚だよ』
隆寛の短いメッセージ。職場の喫煙所で正嗣はタバコを咥えながら携帯を眺めていた。
『サンキュー』
返信して、窓から外を眺めると、気持ちのいい秋空が広がっていた。
隆寛と正嗣が一緒に暮らし始めて、もう十年過ぎた。フリーターだった正嗣はやっとのことで働き口を見つけ、ますば契約社員として入社したのが、今の会社だ。働いてみると、天職だったのか、正社員登用試験に合格し、入社して五年目で正社員となった。
合格したとき、まるで我が身のことのように喜んでくれたのは、隆寛だ。
翌日にはイチゴのホールケーキを買ってきてくれていたときは『四十近いオッサンが食べ切れるかよ』と苦笑いした正嗣だったが、本当は泣きそうなほど嬉しかった。
対する隆寛も、副住職として忙しいのは相変わらずだった。実家の寺を継いだ兄の良照と寺を運営しながら、『どうやって檀家離れを食い止めていくか』などまるでサラリーマンのようにミーティングをしていると聞いて、正嗣は世知辛い世の中だなぁと呟いた。
以前と変わったのは、勤めるようになった正嗣のかわりに隆寛が料理を覚え、振る舞うようになったこと。出会ったばかりの時は、フライパンを持ったことがないくらいのレベルだったのに、今や栄養を考えた献立を考えて、正嗣に食べさせている。
それでも正嗣が休みの時や、隆寛が忙しいときは正嗣が腕を振るっていた。たまに喧嘩した時は、台所にストックしているカップ麺の出番だ。
そしてもう一つ、変わったことはセックスの回数。あれだけ性欲が盛んだった隆寛。同棲を始めた頃は相変わらずだったが、二年くらいしたころから落ち着いてきた。一週間しなかったときは、正嗣のほうから頼み込んだくらいだ。
減る理由は年齢的なこともあるだろうが、いつの日かベッドの中で隆寛が正嗣に言ったのは……
『きっと満たされてるからだよ』
もちろん、一緒に住む前から満たされてはいたが、毎日正嗣と生活しているうちに、精神的に満たされ性欲が落ち着いてきたのだという。正嗣の方もまた、だんだんと落ち着いてきた。
最近は回数より、まったりする時間を楽しんでいる二人だ。
「ん…ッ」
ズルリ、と正嗣のソレが自分の中から抜かれて、隆寛は身体を震わせた。久しぶりに体を重ねたのは、お互い明日が休みだから。もう何週間ぶりだろうか。
ベッドに二人、仰向けになり肩で息をしていた。
「あー、もう歳だな!ホントに」
一回目なのにこの疲労はなんだと、正嗣は自分の体力のなさに情けなくなってきた。
「ジムでも通うかな」
「…コレの為に?」
「コレだけじゃねぇよ!」
ムキになる正嗣にブブッと隆寛が吹き出した。
「でも、気持ちよかった」
隆寛が正嗣のオデコにキスをすると、ふん、と顔を背けた。
「…まあ気持ちいいなら、いいけど、腹も気になるしなー」
どんどん肉がついてきたのは、正嗣の方だった。仕事のストレスや接待などで、気がついたら体重計が壊れてるのではないかと思ったほどだ。
「正嗣は、痩せすぎてたからちょうど良いんだよ。今の正嗣も好きだよ」
「そういいながら腹を掴むのはヤメロ」
ビールかけみたいに情熱的にセックスばかりしていたあの頃に比べたら、今はすっかり落ち着いた二人だけど。
隆寛はふと思う。少し白髪の混じった正嗣の頭を見ながら。
(きっとこのまま僕らは最期まで一緒だね)
願わくば、彼のために読経をしないで済みますように。まだまだ先のことだけど。
「正嗣」
「なに?」
「明日の昼食は、何が良い?」
【了】
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