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【Nil/小波 航】
クラスの扉の前を、僕は風のように通過する。すれ違う生徒は透明になった僕には気づいていないはずだ。
特殊能力「静かなる透度」を発動しながら、男子トイレの個室に駆け込む。 ポケットからスマホを取り出す手が震えて上手く持てない。
「ヤバイヤバイヤバイヤバいぃぃー!!」
便座に座って思い切り仰け反りながら、視界に入ったトイレの天井にため息を吐く。
あぁ……トイレには女神様がいるんだっけ。もしも女神様がいるのなら、今すぐ南国の楽園ニライカナイへと連れて行ってはくれませんか。
後に訪れる恐怖を考えると、生きた心地がしなかった。完璧にガンを飛ばされたのだ。あの鋭い眼光が僕を射殺そうとしていたのだ。
完全に僕は、大量ピアス穴男子から目をつけられた。
「なんでだよぉ〜、僕が何をしたって言うんだよぉ〜、目が合った磯山もきっと腹の中で『ご愁傷様』とか思ってるんだ!」
スマホアプリ「西園寺の館」を起動し、「本日のタロットカード」のバナーをタップする。
一瞬画面が暗くなり、タロットカードがシャッフルされる映像が現れる。
『逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃ──』
──ポロリロロン
可愛い音がスマホから流れ、画面の中に一枚のタロットカードが表示される。
「こ、これはっ!」
大きな輪の周りに4匹の聖獣。
そのカードは【運命の輪】だった。
個室のドアを勢いよく開き、今度は秘技「スカーレットテレポート」を発動する。
一瞬で教室前に到着し、恐る恐る足を踏み入れる。
入ってすぐに目に留まった小麦色の肌、パッチリとした瞳、黄金率の横顔。
少女から大人になりきれていないボディラインは眩暈すら起こしそうだった。
タロットカードのお告げは、まさに彼女の事に違いない。
【運命の輪】
それは、 幸運。転機。そして、
「ぼ、僕の……アリスたん」
──運命の出会い。
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