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【Nil/小波航】
前列に座っていた磯山が席を立つ。風邪でもひいているのか隣の男子がズルズルと鼻を啜った。
ピアス穴が大量じゃないか! 恐ろしい。
チキンハートな僕とは絶対に合わない。
教壇に向かって歩く磯山の自信に満ちた姿。中学の時もクールで成績優秀な磯山は、きっとこの高校でもモテモテに違いない。
この世はなんて不平等なんだ。
頭が良かったり、流行に敏感だったり、運動神経が良かったりするだけで優位になる。
一方で、気弱だったり、取り柄のない人間は隅に追いやられるのだ。
もちろん僕、小波航(こなみ わたる)は後者だったわけで、ただ目立たないように息を潜めて透明に過ごすことだけに精力を注いだ、実に無味乾燥な中学時代を送ったものだ。
だけど人生には運気の波ってものがある。
万年凡愚の僕がこの名門高校に入れたように。
まさに運気の波は僕にやってきているのだと、先生も仰っていた。
ん? 先生を知らない?
スマホアプリ「西園寺の館」で全国の中高生から絶大な人気を誇るミステリアス巨乳占い師、〝西園寺クリステル〟先生だ。あ、巨乳は僕の想像。
毎日配信される「一行助言」の効果は絶大で、この助言のおかげで僕は今ここにいると言っても過言ではない。
そして今朝、配信されたメールに僕は感極まって涙を流しながら白いブレザーに袖を通した。
「運命の相手は海に関する名前の人物」
ついにやってきたのだ。透明な僕の人生が、薔薇色へと変わる────恋の季節が。
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