episode 1

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【ねこまむ/磯山大洋】   俺の新入生挨拶は完璧だった。   まあ、当然だろう。   昨日の夜、タイムウォッチ片手に10回以上のエアーリハーサルをこなしたのだから。   勿論、この事実は妹の真凛すらも知らない。   それにしても。   隣の鼻水男が、気になって仕方がない。   席に戻ろうとする俺をガン見していたかと思ったら、首をグルンと右に回した後、落胆したように首を振る。そうかと思ったら、今度は前の女子と見つめ合った後、仕切りに耳を触っていて、忙しない事、この上ない。   ほんと、面倒臭そうな奴だ。近付かないに越した事はない。って、そんな事より。   今日は待ちに待った『こけし』の発売日だ。   今頃、どんな猫もたちまちに魅了する、am○zonのダンボールに入った状態で家に届けられている筈だ。   誤解されると困るので言及するが、こけしはエロ時代、いや江戸時代の隠語ではない。   今を生きる知的でナウでハイセンスなヤングに大人気の苔玉専門雑誌なのだ。世界32ヶ国語に翻訳されている。   特に今月号は苔玉界の巨匠、緑山丘五郎先生のエッセイが掲載されている。 そう、こんな下らないセレモニーに使う時間はないのだ。   ため息を吐きつつ振り向くと、同じ中学だった、……思い出せない位、空気みたいだった奴と目が合った。   ぎこちなく笑うその顔に一瞥をくれると、俺はまたため息を吐いた。   ああ、早く帰って、こけしを読みたい。そして、俺の愛する苔玉、こーちゃんずを愛でたい。
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