ウイルスから人間へのメッセージ

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                             600万年もの長い狩猟採集時代をくぐり抜けた人間は、初めて1万年前に小麦やコメを作り、家畜を飼育する方法を知り、食糧供給を安定化することに成功しました。それからの日々、人間は定住化を広げ、人口が爆発的に増加し、世界各地に都市が誕生します。すると、人間が貯蔵した穀物を食べるネズミ達がペスト菌を持ち込み、家畜と濃密な接触を繰り返すことになった人間に家畜のウイルスを渡すことが容易になり、感染症が急増します。  私達ウイルスは、人間が誕生する以前の20億年前の地球に生まれ、変幻自在に進化しながら生存してきました。私達から見れば、人間も牛もコウモリも、みんな同じ宿主です。今、地球上の森が伐採され自然破壊が進んでいます。アフリカでは住み家を追われたコウモリ達が人間の集落近くに移動し、人間にエボラウイルスを渡したので人間の半数が死亡しました。しかし、私達ウイルスにとっては、宿主がコウモリから人間に変わっただけで何ら問題はありません。細菌より小さい私達ウイルスは、あらゆる生物のゲノムに侵入する能力を持っています。ゲノムに入り込んだ後は、それを支配し、ゲノムを操って自らのコピーを無限に作っていきます。このように私達ウイルスは、僅か85年で一生を終える人間のようなチャチな生物でなく、20億年の間、地球上で変幻自在に生存してきました。この変幻自在な進化は、無限に広がる宇宙の中でも、そうそう見られない奇跡的な尊い現象だと思っています。それと、私達ウイルスは、人間がワクチン開発をするスピードより格段の速さで変異することが可能です。結果的に人間の歴史を大転換させてきましたし、人間の新陳代謝を早めてきました。  1300年前に遡りましょう。西暦737年の奈良の平城京では、私達天然痘ウイルスが大流行し、政府の中枢を担っていた藤原氏の4兄弟が亡くなり、政治的、社会的に大混乱に陥りました。それゆえに、聖武天皇は私達天然痘の感染を終息させるために東大寺に大仏を建立させました。  500年前の西暦1521年のメキシコでは、コルテス軍の持ち込んだ私達天然痘ウイルスがアステカ帝国で大流行し、クイトラック王が感染して亡くなり、アステカ帝国の崩壊を早めることになりました。西暦1533年のペルーでも、ピサロ軍との戦闘開始以前にコロンビアから入っていた私達天然痘ウイルスが、インカ帝国で大流行したことから人口の8割が死亡しました。私達天然痘ウイルスの抗体が無かったアステカとインカの人々は滅亡し、結果的にアメリカ大陸のスペイン人の征服を後押ししたのです。  150年前の西暦1866年の江戸時代末期の日本は、開国か攘夷か、勤皇か佐幕かの騒乱の時代でした。孝明天皇は、妹の和宮内親王を14代将軍の徳川家茂に嫁がせて、公武合体を進めていましたが、その徳川家茂が長州征伐の上洛中に病死したことから、徳川慶喜が15代将軍に就きます。そして、孝明天皇が私達天然痘ウイルスに感染して、急死すると、政局は大転換し、力を得た討幕派が翌年に大政奉還を実現させます。もし、孝明天皇が私達天然痘ウイルスに罹っていなければ、徳川慶喜の明治政府での立場が大きく変わっていたでしょう。   人間たちは、「牛乳搾りの女性は決して天然痘にかからない」というジェンナー医師の幼児期の経験から、1797年に人類史上、初めてワクチンという仕組みを知り、天然痘ウイルスを撲滅したと大喜びしました。しかし、集団として持っていた天然痘ウイルスの免疫は、今では人間から失われています。そして、人間は感染症に勝つために抗生物質を大量に使用しました。その結果、いかなる抗生物質も効かないスーパー耐性菌を作り上げてしまいました。  現在、人間は、地球以外の惑星に探査機を着陸させたり、太陽圏外にボイジャー1号、2号を飛行させて、地球外生命体の探査を行ない、生き物の頂点に立っていると自負していますね。そして、新コロナウイルスの猛威に打ち勝ち、必ず撲滅すると発言している政治家もたくさんおられます。しかしながら、私達ウイルスをこの世界から消し去れば、人間も同時に無くなることをご存じありません。私達ウイルスは、わずか1グラムの海水の中にでも、1千万個も生存しているのです。
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