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『―新規のお客はどんな男性だろうー
―常連になってくれるだろうかー
―変なお客だったらどうしようー…』
考え出したらキリがないが、どんなお客でも精一杯接客するだけ。最後はそこに落ち着いた。不安を断ち切るように受話器を撮り、フロントにコールを入れる。
「レナです。準備できました」
明るい声を出し、笑顔を作る。こうしてレナとしての時間が始まるのだ。
フロントのエレベーターホールで客を出迎えた。
レナを写真指名をした客はサラリーマン風で見た感じは40代後半だろうか。エレベーターの中で軽く手を繋ぎながら部屋のある3階まで行き、他愛のない話をしながら部屋に入れる。
佐野という名前の客は部屋ドアが閉まるのと同時にレナの躰に抱きついてきた。
「さ、佐野さん…?」
いきなり抱きついてきた佐野に少しだけ驚いてしまった。
見るからに奥手で、手が汗ばんでいた。女性慣れしていない、もしくは女性に触れる機会が極めて少ない客によくある事だ。佐野も女性に慣れた男性では無いがそれを悟られないようにと思ってか、抱きついてきたのだろう。
少し驚いたものの、背中に手を回しゆっくりと摩る。
「佐野さん、お上着お預かりしますね」
気にしていない素振りで上着を自然に脱がしていくと、佐野もそれまで抱きついていた腕の力を緩めてきた。
「あっ!ご、ごめんね! 俺、こういった店初めてで、ましてや女性と2人っきりになるなんて機会、そんなに無かったから…嬉しくてつい…抱き締めちゃったんだ」
汗ばんだ表情で早口で弁解する佐野が、心無しか可愛らしく思えた。
「気になさらないでください。緊張するのは自然のことですし」
上着をハンガーにかけながらレナは笑う。
緊張で一杯の佐野に、レナは優しい言葉をかけながら少しずつ服を脱がせていく。小さい子供のように、脱がすのは容易では無く、ましてや女性からされているというのが恥ずかしいのだろう。なかなかスムーズには脱げなかったが、焦ること無く時間をかけた。
それほど広くない浴槽の中でそっと躰をを密着させたり、手を握ったり。出来る限りのボディタッチをしていくと、それまで握られるだけだった佐野の手がレナのそれを握り返してきた。
先ほどからすれば緊張が和らいできたのか、表情にもリラックスしている様子が窺えた。
レナは佐野のしっかりした手を握り、マッサージをするように手の平を軽く揉んでいく。
「しっかりした手ですね」
「そ、そうかな…」
レナの柔らかい唇が佐野のそれに重なる。腕を佐野の首に回し、浴槽内のお湯がゆっくり小さな波を立てていった。
時間となり、来たときとは打って変わって、笑顔の佐野はレナの手を握り満足気の表情だ。
「ありがとうレナちゃん! 楽しかった! また来るよ」
エレベーターを降りて名残惜し気に手を振る佐野を姿見えなくなるまで見送った。
50分という時間は客にとっては短いが、レナにとっては長い時間に感じられる。客の本質を察知し、緊張している客には少しでもリラックスして貰えるよう会話にも気を使い、触れ方の強弱も変えていく。
レナにとってここでの接客は常に一点集中だ。なので客を見送った後は想像していた以上に疲労感を覚える。心配そうにスタッフから声をかけられたが、笑顔で交わし部屋に戻った。
部屋に戻ると使用したタオルやシーツを取り替える作業を行う。次の予約が入っていればスタッフがやってくれるが、そうでない場合はコールがあるまで待機なので部屋のベッドメイク等はレナの仕事だ。接客が終わったばかりで少しばかりの疲労感はあるものの、レナは部屋の片付け作業が好きだった。
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