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恵子の様子に変化が生じたのは美奈子がレナになる前…OLとして勤めていた時だった。
朝起きて挨拶をしても反応が薄く、倦怠感を訴えていた。その時は出勤時間だったこともあり、季節外れの風邪だと思ったので特に気にも留めずに出社した。しかし昼休みに電話がかかってきて、その声は尋常では無いくらい怯えていた。
『美奈ちゃん…!どうしよう、気分が悪くて何をしていいか分からないの!何もやる気が起きないし、どうしちゃったのかしら!!』
泣き声混じりでパニックを起こしているその声は、いつもの落ち着いた恵子の声ではなかった。何とか宥めたものの、心配になり午後は上司に事情を話し早退した。
帰りの電車内で恵子のパニックに満ちた声が何度も頭の中でリピートし、不安がよぎった。
帰宅すると恵子はリビングの椅子に力無く俯きながら座っており、その表情は「無」そのものだ。
「お母さん…?」
「…美奈ちゃん…?」
力無い声だった。近くで顔を覗き込むと、さっきまで泣いていたせいか目元は腫れ、涙の跡が薄っすら見える。山ほど訊きたいことはあっても、か細い声と無気力な表情を前に言葉を飲み込んでしまう。
「電話もらって心配になって…早退してきたの。どうしたの?何かった?」
「…早退?」
それまで俯いていた惠子が初めて顔を上げ、美奈子を見た。
「早退って…私が電話したから…仕事途中で帰ってきたの…?」
「だって、心配だったから…」
「ご、ごめんね!ごめんね!心配かけて!私が電話したせいで!!お仕事早退させて迷惑かけて…朝から怠くて何をしていいか分からなくて!」
頭を抱えて泣き喚く姿はまるで小さい子供のようだった。美奈子は大丈夫だから、大丈夫だから。と抱き締めて何度も背中を摩った。
「大丈夫だよ!心配しないで。早退したからって迷惑じゃないから。ちゃんと上司にも事情を話してあるから」
今までこんなに泣く恵子を見るのは初めてで、とにかく落ち着かせなければという気持ちから不安にさせないように言葉を選んだ。
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