母・恵子

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 後日、恵子と一緒に近所の病院で診てもらうと診断結果は『認知症』だった。今は軽度で物忘れの症状は少ないものの油断は出来ず、場合によっては症状が悪化して重度になってしまう事もあるという。取り敢えず精神安定剤と、定期的にカウンセリングに通うことになったが、恵子の感情の波は昼夜を問わず時には夜中に怒鳴り声を上げたり、興奮したせいで寝付けなくて、翌朝には倦怠感から朝食を作るのもままならない状態が続き、最初は何とか美奈子がフォロー出来たが、重要な会議やら打ち合わせがある日やその前日に感情の起伏が激しいと流石に気持ちの余裕が無くなり、口喧嘩をしてしまう。    喧嘩したところで解決しないのはよく分かっているのに、心に余裕が無いとここまで他人を思いやれなくなってしまうのか。  美奈子も最初は仕事と恵子のケアを両立出来てはいたものの、昼夜を問わない恵子の感情の波に振り回され、ギリギリの出社や遅刻、資料のミスや提出遅れが目立つようになり上司や同僚から心配の声や注意が相次いだ。事情は話してあるものの、こうも遅刻やミスが続くと会社としての信用は勿論、美奈子自身も会社に居づらくなってくる。    美奈子は会社を辞めた。仕事は好きだったが、それ故に恵子のカウンセリングや通院に付き添えないし、仕事中にたまにかかってくる電話にイライラしてしまうし、今のままでは恵子との親子関係は崩壊してしまうだろう。  ただでさえ母子家庭で、父親が亡くなって以降苦労して自分を育ててくれたのだ。  今が親孝行する時…。そう感じた。それに、今の恵子には自分がいなければもっと症状が酷くなってしまうような気がした。  これからは恵子にしっかり向き合って、面倒をみよう。経済的な不安はあるものの、恵子の状態が落ち着いたらまた考えればいい。  退職した事は恵子には告げず、人員異動で部署変えがあったと嘘をついた。退職したと言えば恵子は悲嘆し、自分自身を責めてしまう可能性があったから。  いつか症状が落ち着いたら本当の事を話そう。
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