プロローグ

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プロローグ

 ふわふわと浮かんでいるような感覚。しかし、辺りは真っ暗で自分の状況がわからない。そもそもこれが、夢か現実かさえもわからない。  視界の前方下に人影がぼんやりと見えた。やはり私は浮かんでいるようだ。 人影を注視していると、段々とその姿がはっきりと見えてくる。 髪の長さからして女性のようだ。どこか遠くを見つめるような横顔が、やがてはっきりと確認できた。 (・・・え?)  それは私だった。一人っ子で兄弟はいないし、毎日鏡で自分を見ているのだから間違いない。 じゃあ「私」を見ている私は誰?  思考を巡らせ始めた矢先、自分の意志とは無関係に「私」に向かって動き始めた。 始めはゆっくりだったが、どんどんスピードが増していく。 「私」はこちらの様子を気にすることなく、まだ遠くを見つめている。 数メートル先まで近づいても、止まるどころか更にスピードは速くなる。 (わっ、ぶつかっ・・・!)  その刹那、私の意識は覚醒した。 しっかりと目を開けて、これが現実だということを認識する。視線の先には白い天井に蛍光灯が見えた。 自分の状況を理解しようとしたところで、聞きなれた声が聞こえた。 「弥生!大丈夫!?お母さんだよ」  首を傾けて声のした方向を見る。 「お母、さん・・・?」  安堵の表情で私の手を握る母。まだ現状が理解できないでいる。 何があったのか聞こうとしたところで、母が説明をしてくれた。 「あなたね。大雨の中、倒れていて救急車で運ばれたの。それで昨日、心臓移植の手術を受けたのよ」 「心臓・・・移植?」  私は先天性の心疾患を抱えている。そのため子供の頃から激しい運動は制限されていたが、特に問題なく小中高と過ごしてきた。 「倒れる前のこと、覚えてる?」  母からの質問に必死に記憶を辿る。すると頭の中で少しずつ映像が蘇ってきた。 ショッピングモールの帰り道。ポツポツと降っていた雨が突然激しくなったので、傘を持っていなかった私は家まで走っていった。 そしてその途中、胸が苦しくなって・・・そのあとの記憶はない。 「大雨の中、走っていて・・・そのあとは憶えていない」 「・・・そう。怖かったよね。数か月は拒絶反応とか気を付けなきゃいけないことあるみたいだけど、もう大丈夫だからね。弥生とっても運が良かったのよ。たまたますぐドナー(臓器提供者)が見つかった上に、それがうまく適合したんだから」  母は私を安心させるために大丈夫といったのだろう。 以前調べたことがあるが、確かに心臓移植を受けた人の生存率は高い。それでも8、9割といったところで、私がその確率から漏れる可能性は十分ある。 まあそんな心配をしてもどうしようもないことではある。それよりも気になったことがあった。 「心臓を提供してくれたドナーは、どんな人なの?」 「あなたと同じ19歳の男の人だそうよ。それ以外は聞かされていないわ」 「私と同い年・・・」  おそらくそれ以外の情報は開示できないのだろう。私はドナーが男の人というのに少し驚いたが、それよりもその若さで命を失ってしまったことに心苦しくなる。 「いつ退院できるの?また大学には行けるようになるんだよね?」 「個人差はあるみたいだけど、若いから1、2週間で復帰までできると思うって先生言ってたわ」  予想よりも早い返答に胸を撫で下ろす。 「あ、お父さんに連絡しなくっちゃ。昨日は付きっきりであなたを見てたから、今は家で仮眠してるのよ」  そう言うと母は病室を出て行った。 (・・・ふぅ)  天井を見上げて一息つく。今この心臓が別の人のものだなんて実感はないが、手術痕がその事実を突きつける。 とりあえず早く退院できそうでよかった。あとは拒絶反応の心配だが、こればっかりは自分が頑張ってどうにかできるものではないので運に任せるしかない。 私の新たな人生が今日始まった。
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