とりあとりと -side椎名優斗-

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とりあとりと -side椎名優斗-

「とりおあとりと!」 そんな陸の声で目が覚めた。 体を捻るとテーブルに向かう松本さんの姿も見えて安堵した。 「仕方ねえなぁ。お菓子やるよ」 「やったぁ! アメっ」 「お前の好きなラムネ味だ」 「ラムネだぁぁ」 飛び跳ねる陸を捕まえた松本さんが、不意にこちらを向く。 慌てて枕に顔を隠してしまったがもう遅い。 「陸、ゆうしゃんが起きたぞ」 「ゆうしゃん!? おはよぉ!!」 ベッドに飛び乗ってきた小動物の重さに衝撃を受ける。 「痛たっ、起きてないよ」 「ゆしゃん、おきてる! ウソついた!」 「起きてないって」 「ゆしゃんみてー、パプキンできたの」 嬉しげに見せてくれた陸の手にちょこんと粘土のパンプキンが乗っていた。 不器用ながら丸い手と足まで丁寧に作ってある。 「ぷふ……可愛いじゃん」 「かわいいの。だいじする〜」 上体を起こして、幸せそうな顔をした陸を抱きしめると無意識に頭をなでる。 するとなぜか俺の頭までポンとなでられ、照れくさく松本さんを見上げた。 「歳……考えてください」 「俺が高校に入学した頃、お前は小学生だったって思うとウケるな」 「ウケませんよ、全然」 「優斗が小学生かぁ……可愛いんだろうな」 「可愛くないです。昔から捻くれてたんで」 社会人にもなると年の差なんて気にしなくなるが、高校生と小学生と考えれば恐ろしい。 松本さんは相当な目上の立場だ。 「ゆしゃん、しょうがくせい。陸もなるよっ」 「いや、俺は小学生じゃないから。陸は小柄だから、ランドセルの中をなるべく軽くして帰るんだぞ?」 「ランドセルなに入れるの?」 「学校で勉強する教科書とかノートとかだよ。あと、筆箱な」 4月から小学生。 そう考えると、早いものだ。 「おかしはぁ?」 「ダメ。お菓子は家に帰ってから」 「えぇー、がまんするの」 「学校に持っていったら、皆が羨ましがるだろ? 」 あまり陸にちょっかいを出してほしくない。 そんな考えで言ったのだが、ベッドに腰掛けた松本さんが腹を抱えていて困惑する。 「……なんですか」 「いや……ふふ、くっ……なんでもねえ」 なんなんだ…… 陸をしつけている時、妙に笑われる。 そんなに変なやり方をしているんだろうか。 「ねーねー、あさごはん食べたい」 「あぁ、そうだな……一緒に作るよ、陸」 「うん、つくるー!」 そういえば、昨夜は亮雅さんと呼んでしまった。 思い出せば思い出すほど恥ずかしい姿を晒している。 …………死のうかな。 「さよならはぁ、いわな〜い。ぼくたちは〜、もいちど会うのさぁ」 「どこで覚えたんだよ、そんな歌……」 「りょしゃんがうたってた」 「俺を睨むなよ。青春の歌かもしれないだろ?」 信用できないな。 陸まで松本さんのようにチャラい男になってしまったら、俺はもうどうしようもない。 「みそ汁食いてえな」 「陸しゃんタマネギあらうーっ」 「あっ」 階段を駆け下りていった陸に一瞬唖然として、苦笑がこぼれる。 「本当に自由人だなぁ……」 「そんなあいつを可愛がってるお前が好きだ」 「っ! …………は、?」 顔の熱を感じ、口元を隠して松本さんを見やった。 「いや……愛してる」 「も、もう良いですから! 黙ってください」 「なんでだよ。本音だぞ」 「だから、良いです。もうどっか行っててください」 「冷てえの」 どうして、いきなりそんな事。 危うく心臓が止まってしまうところだった。
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